腎細胞癌における癌遺伝子の変化について検討した。1.16例の腎全摘除術標本から腎腫瘍の部分と肉眼的に正常な部分とを採取し、それぞれからDNA及びRNAを抽出した。DNAトランスフェクション法により2例からH-ras癌遺伝子を検出した。ras蛋白p21の解析により1例は12番コドン内、他の例は61番コドン内の点突然変異による活性化と判明した。しかし臨床経過との相関は陽性例が少ないためかあきらかではなかった。p21の電気泳動による解析のような簡便な方法による多くの症例の検討が必要であろう。2.制限酵素によるRFLPを用いた解析により、腎細胞癌で12番コドン内の変異により活性化されていたH-ras癌遺伝子は、形態的に正常な腎細胞中にも認められること、すなわちras癌遺伝子の活性化は発癌過程の非常に早期に誘発されること、しかしそれのみでは腎上皮細胞の癌化には不十分であることが示された。化学発癌物質ニトロサミン類によるラット膀胱発癌実験モデルにおいても同様に、癌組織にみられる大量のras蛋白p21の発現が発癌過程の非常に早期におこることを見出した。3.組織学的にその由来を識別できるベ-ジュマウスと野生型マウスとのキメラを作製し、腎発癌の標的細胞である尿細管上皮が数個の原基細胞に由来することをあきらかにした。4.腎癌では高頻度に第3染色体短腕の欠失が報告されているが、同部にあるraf遺伝子の構造や発現には異常を認めなかった。1例で第11染色体短腕部に癌特異的な欠失を認めた。fos遺伝子の発現異常を16例中2例で認めた。すなわちヒト腎癌の発生にはras、fosを含む複数の癌遺伝子の活性化、第3及び第11染色体上の遺伝子を含む複数の癌抑制遺伝子の機能欠失が関与していると考えられた。今後個々の遺伝子の同定、変化の順番、臨床経過との相関性の検討をさらに続けるべきである。
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