エナメル質の石灰化機構の解明に向けて、エナメル器におけるカルシウムの局在を光顕組織化学的に検討した。一般に細胞内カルシウムは不安定な状態で存在するため、試料作成操作中に人工的な移動や喪失がおこり易い。従ってその正確な局在を把握することは困難を極めるが、本年我々は急速凍結置換した試料をエポキシ樹脂に包理し、その切片上でカルシウムイオンの組織化学的染色を行なって興味ある知見を得た。材料にはラット切歯を用い、可溶性物質の移動や流失を最小限に留めることを目的として液体窒素で冷却した液化プロパンで急速凍結し、-80℃で4日間アセトンと置換、更に室温に戻してからエポキシ樹脂に包理した。エナメル質形成期のエナメル器に関しては切歯を丸ごと凍結した試料を用い、成熟期のエナメル器に関しては、冷却効率を上げる目的でエナメル質が付着した状態でエナメル器を小片に切りだして凍結した。 包理完了後2〜3ミクロン厚切片を作成し、グリオキサルビス(GBHA)染色に供した。その結果、Ca-CBHAの強い赤色反応が形成期、成熟期を通じてエナメル芽細胞のミトコンドリアと細胞質に散在する一部の小管状胞状構造に一致して観察され、エナメル芽細胞が一貫して細胞内に高濃度のカルシウムを含有する可能性が示された。成熟期では刷子縁の有無にかかわらず、エナメル芽細胞の細胞内にいずれも強い反応が見られたが、しばしば刷子縁上にも顆粒状のGEHAを認めた。エナメル芽細胞以外にも成熟期の乳頭層細胞の一部に弱い反応を認めたが、中間層細胞その他にカルシウムの反応を見ることはなかった。以上の結果は、エナメル器の細胞の中では、エナメル芽細胞に特に多量のカルシウムを貯留する機構が備わっている可能性を示唆するものと思われるが、その生理的な意義に関しては次年度の研究課題として引き継ぐこととする。
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