恐怖などの情動に関与すると考えられている視床下部内の防衛領域を刺激して、三叉神経領域の刺激で誘発される自律神経反射に対する影響を、成熟ネコを用いて検索した。刺激を加えた視床下部領域は解剖学的には脳弓周囲領域に相当し、慢性実験では同部位の刺激によって防衛反応と呼ばれる特有な行動パタ-ンが出現することで知られている。これは動物が緊急事態に遭遇した際に逃避や闘争などの行動と直結して起こす全身的生体反応のことで、瞳孔の散大、血圧上昇、心拍数の増加などがみられる。一方、三叉神経領域である下歯槽神経神経の刺激によって、頸部迷走神経からは潜時約10msecの、また迷走神経心臓枝からは潜時約100msecの誘発電位が得られるが、前者は副交感神経による電位であり、後者は同枝に混入する交感神経の電位であることが判明している。これらの自律神経反射は上位中枢の制御を受けているが、特に、視床下部は自律神経および内分泌器官の最高位中枢として知られている。 視床下部防衛領域に連続的電気刺激を加えると、下歯槽神経電気刺激によって頸部迷走神経に誘発される副交感神経性の電位、すなわち三叉ー迷走神経反射が減弱を受けることが観察された。これに対して、下歯槽神経電気刺激によって迷走神経心臓枝に誘発される交感神経性の電位、すなわち三叉ー交感神経反射は著明な変化を受けなかった。また、視床下部防衛領域に加えた電気刺激を条件刺激とすると、下歯槽神経電気刺激を試験刺激として誘発された三叉ー迷走神経反射に対して、条件ー試験刺激間隔約40msecにピ-クをもつ減弱効果を確認できた。以上より、三叉ー自律神経反射は視床下部防衛領域によって選択的に制御されると考えられる。これは恐怖などの情動によって、体性ー自律神経反射が影響を受けることを示唆している。
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