標的となる生体高分子(受容体とか酵素)の立体構造がX線結晶解析により既知のときには、その構造を利用してある程度論理的な薬物設計が可能である。当研究者らは数年前からこうした目的で、三次元コンピュータ・グラフィックスを用いた効率的なdocking studyにより生体反応メカニズムの解明や構造と活性の関係の説明、さらには新しい活性構造の設計を行うための方法論とプログラムの開発を行ってきた。本研究ではこのプログラムGREENを、Huberらによって解析された牛膵臓の蛋白分解酵素トリプシン-阻害剤の系に適用し、阻害のメカニズムを調べてみた。反応速度的研究から阻害剤のFUT分子中のエステル結合が加水分解されて一部のフラグメントだけが酵素中に残ることがわかっていたので、まず分子全体が結合した状態をシミュレーションし、安定かつ酵素側と加水分解反応を起こしやすい結合をしている構造を見い出した。次に酵素中に留まっている部分が酵素と共有結合しているかどうか調べるため、両方の状態でシミュレートしてみた結果、ただ会合しているモデルよりも共有結合したモデルがはるかに安定であることがわかった。このことを実験的に証明するためにFUTと酵素の複合体結晶をつくり、X線回折強度測定を行い、Huberらのトリプシン-ベンツアミジンの構造をもとに構造解析を行った。ここで得られた差電子密度図上の共有結合したフラグメントの存在を示すピークがはっきりと見られ、予測の正しさを示した。また、GREENの備えているエネギー的に安定な位置やX線解析からの電子密度を表示し比較し、分子モデリングする機能がこうした研究に有用であることがわかった。さらに、蛋白構造を固定してdocking studyを行った後に蛋白質側のinduced fitを考慮するための分子力計算を行うのと、分子動力学場計算を行うのとどちらが結晶の構造を再現できるか調べたところ後者がいい結果を与えることがわかった。
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