低スピンFe(III)ヘム錯体の凍結溶液のESRスペクトルにおいて^<57>Fe(l=1/2)による超微細(hf)分裂が観測されると、ヘム座標系に対する斜方対称場主軸の回転配向角度(φ)、gおよびhfテンソル主軸の回転配向角度(φ_g、φ_A)などが求められる、これら主軸系の角度配向は主として軸配位子のz軸のまわりの回転配向に起因する。そこで、本年度の研究では、斜方対称場の配向角度(φ)と軸配位子の配向角度(φ_1)との関係を明らかにし、シトクロムPー450のモデルとみなされるチオラト軸配位の低スピンFe(TPP)L_1L_2錯体(TPP=テトラフェニルポルフィン、L_1=RS^-、R=Et、n-Pr、i-Pr、n-Bu、s-Bu、t-Bu、L_2=MeOH)へ応用した。 1.結晶場モデルと軸配位子の配向角度.ポルフィン配位子の4回対称性を仮定し、二つの軸配位子間のトランス電子効果を無視すると、斜方対称場主軸の配向角度(φ)は(a)一方優先型(V_1》V_2)軸配位形式場合:φ=φ_1(b)ビス型(V_1=V_2)軸配位形式の場合:φ=(φ_1+φ_2)/2となる。ただし、φ_1、φ_2は二つの軸配位子(L_1、L_2)の配向角度、V_1、V_2はL_1、L_2に固有の斜方対称分裂である。 2.分子軌道・ヤーンテラー効果など.特定のφを安定化する機構として(1)分子軌道法(2)非結合原子間相互作用(3)非対称電子分布(4)擬ヤーンテラー効果(5)溶媒など周辺分子との相互作用などについて検討し、(1)および(2)が配向角度を決める重要な要因であることを明らかにした。 3.Fe(TPP)L_1L_2錯体への応用.(a)の一方優先型軸配位形式の場合を適用してφ_1=6〜37°を決定した。φ_1は直鎖型Rの場合には小さく、分岐型Rの場合には大きい。前者に対しては(1)の機構が、後者に対しては(2)の機構がそれぞれ効いていると考えられる。
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