本研究の基盤をなす顎動脈内注射法をウサギおよびラットで確立するために下記に述べるような基礎的研究を行なった。 (1)ウサギおよびラットの顎部の脈管系の解剖学的特徴を把握し、可及的迅速に顎動脈を同定して、顎動脈内に確実に薬液を注射する基本的術式を確立する。(2)顎動脈内注射によって薬物が局所に到達していることを確認する目的で、同一動物の左右の顎動脈を用いて、片側の顎動脈には酢酸鉛を投与し、その反対側には同量の生理的食塩液を注射した。岡田三村の硬組織内時刻描記法を応用して、組織切片を作成し観察を行なった。(3)上記(2)の実験において、顎動脈内注射法自体の外科的侵襲が象牙質形成に及ぼす作用も併せて検討した。(4)エナメル組織の中間層細胞の機能を検索する目的で、酵素製剤を顎動脈内投与して中間層細胞を破壊した場合に起こるエナメル質形成の変化を観察した。これらの基礎的研究の結果、ウサギおよびラットにおける顎動脈内注射法の基本的術式が確立された。本術式の成否には、術中の動物の呼吸の管理、止血法、要した時間、術後の管理が大きく影響を与えることが確認された。酢酸鉛を投与した片側の切歯象牙質中には、鉛沈着線が認められ、確実に動脈内に薬液が投与されていることが示された。顎動脈内注射法によって象牙質の形成量は影響を受けなかったが、術後に形成された象牙質の組織化学的性質には変化が生じた。このことは、投与した薬物の象牙芽細胞に対する直接的な作用を反映するものと考えられる。酵素製剤投与を行なった予備的実験では、実験側の障害が重篤で、硬組織形成は著しく抑制された。今後は投与量の検討が必要と思われる。今回、確立した顎動脈内注射法にさらに改良・検討を加え、歯牙硬組織形成機構に関する実験薬理学的研究をすめてゆく予定である。
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