海洋観測資料を基にした海洋大循環の研究においてこれまで不確かであった地衡流の準拠流連を、全体的な質量の保存や熱・塩分の収支を満たすように決定することができる、インバース法を導入した。すなわち、ある海域をいくつかの層に分け、各層についての質量や熱の流入・流出が釣り合っている、として、線型の連立方程式を立てる。この方程式は普通、未知数の数の方が方程式の数よりも多いので、直接的には解けない。ここでは、解のベクトルの絶対値と、誤差のベクトルの絶対値とが、同時に最小となるような解を与える。特異値分解(SVD)と呼ばれる方法を用いた。 最初の試みとして、対象海域を四国・フィリピン海盆とした。伊豆・小笠原・マリアナ・パラオ海嶺付近を通る子午線(141°30'E)が、開境界である。この開境界を出入りする地衡流分布は、緯度1°×経度1°の格子点で編集された海洋観測データの気候値を基にして求めた。海面での風のストレスの気候値によると、この開境界に直角な方向のエクマン輸送は、あまり大きくない。海面での大気・海洋間の熱フラックスの気候値は、海域の北部と南部とで符号が異なっており、全体としては大きくない。海底での地熱フラックスは、海面での熱フラックスの千分の1程度と見積もられていて、全体値としては小さい。しかし、海底近くには他に熱源がないので、この地熱フラックスが底層では重要な働きをしているかもしれない。 今年度は、データ・セットの準備と解析法の確立に予想外の時間を費やしたために、充分に立ち入った解析を行うまでには至らなかった。幸い、この研究は来年度の計画研究の一部として取り上げられる予定なので、来年度は、これらのデータを基にして、深層循環に関する更に具体的な解析を行う予定である。
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