分子性結晶である炭化水素混合結晶において水素原子の高選択的反応を実現する方法として、極低温における量子力学的トンネル効果による反応を利用する方法を考案した。極低温トンネル反応では反応のポテンシャル障壁が若干変化した場合、より低いエネルギー経路を通って反応が高選択的に起る。これまでの研究成果については昨年12月の研究会およびその予稿集(「分子性結晶の反応の解析と制御」第2回公開シンポジウム)で報告しているので、ここではそれ以後の研究成果の概要について報告する。 ベルギーのルバーンカトリック大学のTilquin教授が名古屋大学の招待教授として筆者のもとに3週間滞在したので、本研究テーマに関連して共同研究を行った。ネオペンタン結晶を極低温で放射線照射した時の化学反応(主にH原子反応)を二量体生成物測定とラジカル生成測定とを併用して研究した。特に固相反応に対する格子欠陥の影響を調べるため、ヘリウムガスを添加し意図的に欠陥を作り研究した。その結果格子欠陥が二量体生成に著しい影響を与えることを見出した。 水素原子の高選択的反応の機構を解明するため、炭化水素結晶のモデル系として簡単な分子性結晶である固体水素中での高選択的反応を研究した。特に4K固体水素中での水素原子-分子トンネル反応の速度定数の絶対値を世界的にも初めて測定した。k(H_2+H→H+H_2)とk(D_2+D→D+D_2)の値はそれぞれ18および0.0018cm^3mol^<-1> S^<-1>となった。両者の比は104倍となり著しい選択性(同位体効果)を見出した。 今後の研究は、まず水素原子の高選択的トンネル反応の基礎として重要である問題、即ち分子性結晶中における水素原子の捕捉サイトについての微視的構造を解明する。さらに63年度に完成させた極低温温度可変装置を使って分子性結晶中での水素原子反応について研究する。
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