本研究においては、絶縁物から超伝導金属に及ぶ各種の層状物質の単層膜単結晶を、各層の厚みがフィボナッチ数列に従うように制御しつつ積層して、人工一次元準結晶を作成し、その物性を精密に測定して、準結晶が発現する物性を解明することをその目的としている。本年度においては、人工一次元準結晶の作成手法の確立に全力を挙げた。本研究ではファンデルワールス・エピタキシー法を活用するが、この方法の利点は層状物質の層間はファンデルワールス力のみで結合しているため、劈開面上にはダングリングボンドが現われず、従来ヘテロ構造を作成しようとする際大きな問題となっていた格子整合の制約を離れて、各種の層状物質の単層膜単結晶を自由に組合せて積層できる点にある。従来、遷移金属ダイカルコゲナイドなどの層状物質の間でのみ、ファンデルワールス・エビタキシーが可能であったが、本年度においてはCaF_2のような三次元物質基板上に、各種遷移金属ダイカルコゲナイドをヘテロ成長させることを試み、初めて成功した。このようなことが実現できたのは、清浄なCaF_2(111)表面はF原子でおおわれ、そこには活性な結合手が現われず、さらにこの面は表面再配列を示さない6回対称の規則的原子配列を持つことが明らかになったためである。このため、格子整合条件を満たさなくとも、この基板上にファンデルワールス力を介して、各種遷移金属ダイカルコゲナイドヘテロ成長させることが可能になる。CaF_2はバンドギャップが大きな良好な絶縁物であるため、これを基板として各種遷移金属ダイカルコゲナイドを用いて人工一次元準結晶を作成すれば、その電気特性、光学特性の測定がきわめて容易になる。上述の成功は、層状物質を用いた人工一次元準結晶の作成とその物性の精密測定に道を拓く一方、三次元物質基板上への二次元物質のヘテロエピタキシーの初めての成功という点でも意義がある。
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