研究領域 | 現代文明の基層としての古代西アジア文明―文明の衝突論を克服するために― |
研究課題/領域番号 |
15H00709
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
河原 一樹 大阪大学, 薬学研究科(研究院), 助教 (60585058)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 西アジア / 文化遺産 / プロテオミクス / 質量分析 / タンパク質 |
研究実績の概要 |
タンパク質は、骨や動物遺存体などの生物由来の発掘試料だけでなく、壁画や絵画などの彩色材料、毛皮で作られた衣類、更には土器に付着する食物残渣など多岐に渡る文化財に残存する素材であり、古代DNAと同様に重要な研究対象である。 本研究では、保存環境により高度に汚染された試料を含む文化財に残存する有機物(特に、古代タンパク質・ペプチド)を効率的に抽出し、高分解能質量分析から得られるアミノ酸配列などの情報を基にすることで、西アジアを中心に収集した各文化財に含まれる当該有機物の正確な特定を可能にする手法を確立する。これまでに、ナノ液体クロマトグラフィーによる分離とマトリックス支援レーザー脱離/イオン化(MALDI)質量分析もしくはエレクトロスプレーイオン化(ESI)質量分析を併用することで、不純物を含みかつ極微量な文化財試料からも古代のタンパク質・ペプチドを特定することが可能であることが示された。一例として、アフガニスタンのバーミヤーン遺跡の東大仏、西大仏のそれぞれの彩色部位から採取された極微量片の分析からウシ皮由来の膠を検出することができた。特に、東大仏から採取した試料に関しては、数百マイクログラムの試料片から膠を検出することが可能であった。以上に加えて、ローマ期エジプトの三連祭壇画(A.D.180~200)や約1万年前の人骨からも本手法によりコラーゲン由来ペプチドを検出することができた。これらの成果から、広範な年代・地域に渡る文化財中にタンパク質が分析可能な状態で現存することを実証することができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題では高分解能質量分析を基盤としたプロテオミクス解析により、微生物による分解・消失が想定されるだけでなく、不純物を含む極微量試料の分析が求められることから未だ研究例が少ない文化財に含まれる古代のタンパク質・ペプチドのアミノ酸配列情報解読を行うことを目的としている。これまでの分析から、バーミヤーン遺跡の東大仏、西大仏のそれぞれの彩色部位から採取された試料片について、約440マイクログラムの微量試料からでも膠の検出が可能であることを確認しており、本手法が上記の問題を解決する有用な手段となることが示唆された。 今後、より幅広い製品・年代・地域の文化財に含まれる古代のタンパク質に焦点を当てた文化遺産研究が進展すれば、西アジアを含む世界的な視点での交流史や動物利用の実態、そして当該文化財の材質、製造技法の一端を探ることが出来る。
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今後の研究の推進方策 |
今後は引き続き西アジアの文化遺産であるバーミヤーン遺跡の東大仏、西大仏のそれぞれの彩色部位から採取された微量片の分析を行う。当該試料は、これまでのナノ液体クロマトグラフィー質量分析から、彩色部位の膠着剤原料として、膠だけでなくカゼインが用いられていることを示唆する実験結果も得られており、そのため、残試料について分析条件の最適化を試みるとともにアミノ酸配列データベースもしくは標準試料を用いた解析を並行して行うことで、原料となったタンパク質だけでなくその動物種や使用された部位などのより詳細な情報解析を試みる。また、骨、壁画、絵画、そして土器などをはじめとしたその他の西アジアの文化財試料の収集についても共同研究体制を組むことで随時行っており、それらの分析も行う予定である。さらに、骨試料については、キャピラリー電気泳動(CE)質量分析などを利用して、アミノ酸のラセミ化を利用した年代推定法などの新規解析法の確立にも取り組む予定である。 以上の文化財試料の解析に加えて、標準試料の収集・解析も行う。特に、文化財に用いられた有機物は、膠、カゼイン、アルブミン、そして糖タンパク質を含むアラビアゴムなど多岐にわたっており、その原料となった動物なども様々である。それらの多くについて未だ塩基配列もしくはアミノ酸配列データベースが完備されていないため、実際の文化財の収集・分析と並行して、標準試料の収集・分析を行い、データベースの充実化を図る予定である。
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