公募研究
低質量X線連星系とは、弱磁場の中性子星(NS)と低質量星とから成る近接連星系で、後者から前者へ質量が降着することでX線が放射される。LMXBが「ハード状態」にある時、物質は光学的に薄い高温コロナ流となってNS表面に降着し、加熱されたNS表面は温度およそ 1keV の黒体放射を出し、それらは後続のコロナ流によりコンプトン散乱されて硬X線光子となる。この硬X線光子の一部はNSの表面に叩き込まれ、さらにその一部はNS表面で反射されると期待されるので、観測される硬X線には、NSの表面状態の熱化されない情報が含まれている可能性がある。この硬X線スペクトルからNS表面の情報を引き出すことが、本研究の目的である。今年度はまずハード状態にある2つのLMXBを研究し、基本となる降着流の理解を深めた。ついで硬X線の2つの徴候に注目した。第1は、ハード状態にある複数のLMXBのスペクトルの~30 keVに、微妙な超過構造が見られる現象である。第2の現象はAql X-1と呼ばれるLMXBが、ハード状態からソフト状態に遷移した直後、>40 keVの硬X線が超過を示したことである。両者が関連し現象である可能性を強めた。これら二現象の説明として当初、NS表面の高密度プラズマ中では~30 keVにプラズマ周波数が現れることから、加熱中のNS表面で<30 keV のX線のみ反射されると第1の構造、冷却中のNS表面内部から>30 keVの硬X線のみ抜け出すと第2の構造が発生すると考えた。しかしNSの大気によるコンプトン散乱が効くため、真の「表面」でのプラズマ効果は見えない可能性が高いと判明した。そこで別の可能性として、玉川徹博士の指摘により、NS表面で原子核のRp過程が効いた結果、終着点としてアンチモンやテルルがNS表面に濃縮され、そのK吸収端 (34~37keV)が見えている可能性が浮上した。
2: おおむね順調に進展している
今年度は、おもに以下の4点で、研究の良い進展があったと考えている。1. ハード状態にある2つのLMXBの「すざく」データを解析することで、コロナ流、黒体放射、コンプトン散乱などに立脚した、我々のハード状態の理解を強化できた。2. いくつかのLMXBの硬X線データを解析し、統計的に有意な2つの硬X線スペクトル構造を同定するとともに、それらの特徴的なエネルギーが類似していることを確認できた。3.当初これら二現象の説明として考えていた「NS表面の高密度プラズマ中でのプラズマカットオフ」という考えの問題点に早期に気づき、研究の方向を修正することができた。4. それに替わる可能性として、Rp過程で生成・濃縮された重元素のK吸収端という新しい解釈に至った。これにより、中性子星の表面を調べるという本来の目的を保ちつつ、さらにその表面における降着物質のX線バーストを通じた核融合反応という、新しい観点を導入することができると期待される。
今後の研究方針は、おおむね当初の予定に沿って進められるが、以下の2点で変更が発生している。1. 当初は、第1と第2の硬X線現象をともに中性子星表面のプラズマカットオフで説明する可能性を考えていたが、その物理的な妥当性が低くなったため、今後はそれに替わって、Rp過程の生成物のK吸収構造という可能性をおもに追求する。具体的には、これらの硬X線スペクトル構造が、テルルなどのK吸収端の効果で説明できるかを定量的に評価するとともに、Rp反応の舞台となるX線バーストの頻度との関係などを探求する。2. 2016年2月17日に打ち上げられた「ひとみ」(ASTRO-H) 衛星は、軌道上で順調な立ち上げ作業を行われていたが、3月26日に軌道上でトラブルを起こし、痛恨ながら同衛星による観測は実行が難しくなってしまった。そのため、先代に当たる「すざく」衛星のアーカイブデータの解析をおもな研究手法とする。
すべて 2016 2015
すべて 雑誌論文 (3件) (うち国際共著 1件、 査読あり 3件、 オープンアクセス 1件、 謝辞記載あり 1件) 学会発表 (5件)
Publications of Astronomical Society of Japan
巻: 68 ページ: id.S14, 8 pp
10.1093/pasj/psw003
Proc. Japan Academy Series B
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Astrophysical Journal
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