研究領域 | 人工光合成による太陽光エネルギーの物質変換:実用化に向けての異分野融合 |
研究課題/領域番号 |
15H00884
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研究機関 | 立教大学 |
研究代表者 |
和田 亨 立教大学, 理学部, 准教授 (30342637)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | エネルギー変換 / 水の酸化反応 / 人工光合成 |
研究実績の概要 |
本研究では、天然の光合成酸素発生中心の仕組みを人工系の二核ルテニウム錯体に導入することにより、高活性な水の酸化触媒を開発することを目的としている。 平成27年度は、まず、これまでに用いてきたビス(ターピリジル)アントラセンの代わりに、ビス(ターピリジル)アントラキノンを用いた二核ルテニウム錯体を合成した。この錯体も水の酸化反応に対して触媒活性を示し、反応の初期速度はアントラセン錯体を上回った。アントラキノン錯体を電気化学的に酸化しながらラマンスペクトルを測定したところ、Ru(IV)=Oの伸縮振動に由来するラマンバンドが観測された。これを更に一電子酸化すると酸素が発生し、錯体はRu(II), Ru(III)の酸化状態へもどることが分かった。これらの結果から、[Ru(IV)=O O=Ru(V)]が分子内で酸素―酸素結合を形成し、[Ru(III)-O-O-Ru(IV)]を生じる。[Ru(III)-O-O-Ru(IV)]から酸素分子が発生することともに[Ru(II)-OH HO-Ru(III)]が再生する反応機構が明らかになった。アントラセン架橋錯体では同様の反応条件下でラマン測定すると[Ru-O-O-Ru]のO-O伸縮振動が観測されることから、架橋配位子により反応の律速段階が異なっていることが分かった。 次に、酸化還元活性な架橋配位子であるビス(ターピリジル)アントラセノールの合成検討をおこなった。ビス(ターピリジル)アントラキノンを塩化スズで還元した後、メチル化することにより、10-メトキシー1,8-ビス(ターピリジル)アントラセンを合成した。この配位子の電気化学測定から+1.2 V (vs. SCE)で不可逆に酸化されることがわかった。この結果に基づいて、電解酸化によるビス(ターピリジル)アントラセノールの合成を行う予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
平成27年度は酸化還元活性な架橋配位子ビス(ターピリジル)アントラセノールの合成検討を行ったが、実用的な収率で合成できる反応経路を見出すことに苦戦している。しかし、平成27年度に高収率で10-メトキシ-1,8-ビス(ターピリジル)アントラセンを合成し、この電解酸化による目的物の合成の可能性が見出された。さらに、10-メトキシ-1,8-ビス(ターピリジル)アントラセンを用いた二核ルテニウム錯体の合成にも成功し、サイクリックボルタンメトリーの測定から、ルテニウム錯体の電解酸化によっても配位子が酸化されることが示唆された。これらの結果に基づいて、現在、配位子ならびにルテニウム錯体の合成を行っている。一方、二核ルテニウム錯体触媒による水の酸化の反応機構の解明については、大きな前進があった。水分子から酸素ー酸素結合を形成する過程において、これまで不明であった分子内カップリングする高原子価ルテニウム-オキソ錯体の酸化数が[Ru(IV)=O O=Ru(V)]であることをラマンと吸収スペクトル測定により明らかにした。この結果から、比較的容易に生成する[Ru(IV)=O O=Ru(IV)]状態を、さらに1電子酸化する段階が反応機構上のキーステップであり、この酸化を負側で行うことが、反応全体の酸化電位を低下させることにつながる。このことからも、酸化還元活性なビス(ターピリジル)アントラセノール配位子が有効に機能する期待される。
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今後の研究の推進方策 |
平成27年度の結果を踏まえて、ビス(ターピリジル)アントラセノールの合成を行う。すでに合成に成功している10-メトキシ-1,8-ビス(ターピリジル)アントラセンの電解酸化、あるいは(NH4)2[Ce(NO3)6] (CAN)による化学的酸化について検討する。また、ビス(ターピリジル)アントラセノールの二核ルテニウム錯体を合成して、酸化還元挙動と水の酸化反応に対する触媒活性について、これまでに合成してきた二核ルテニウム錯体との比較検討をおこなう。特に、反応中にアントラセノール部位の酸化が起きていることを証明するために、反応中間体のESR測定によるフェノキシルラジカル種を同定する。平成27年度に、アントラセンおよびアントラキノンを架橋部位とするルテニウム錯体による水の酸化の反応機構の詳細を明らかにすることができた。ラマンスペクトルによる反応中間体を同定する手法も確立できているので、これらの手法を用いて、アントラセノール錯体の反応機構を解明する。特に2つの水分子から酸素ー酸素結合が形成される過程が、これまでに用いてきたアントラセン錯体やアントラキノン錯体と比べて、アントラセノール錯体では、どのように異なるのか明らかにしていく。これらの検討は、反応中心となる金属錯体の近傍に存在する酸化還元活性な有機基の役割を明らかにするものであり、天然の光合成の反応機構に対しても知見を与えるものであると考える。
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