生体反応系においては、硫黄やセレンなど高周期典型元素を含む感応性化学種が重要な役割を果たしているが、それらの中には人工系では極度に不安定なものが多くある。生化学の分野で仮説として提案されてきた反応機構を実験的に検証し、より化学的根拠に基づいた機構を確立するためには、感応性中間体を生体内と同様に安定化できる人工モデル系の構築が必要とされている。そこで本研究では、従来合成困難であった生体反応感応性中間体を安定化するために、酵素の活性部位の構造的特性を採り入れたナノサイズの分子空孔を開発し、安定に合成したモデル化合物を活用することで、生体反応の想定機構を化学的に検証することを目的とした。前年度にキャビティ内にC末端システインを導入したモデル化合物を開発し、周辺のアミド基の摂動を受けにくい環境でのシステイン由来感応性化学種の性質および反応性について検討した。一方、多くの酵素の活性中心に存在するシステイン残基は内部システインであるため、それらの部分構造により近い環境下における感応性化学種のモデル研究を行うために、今年度新たに末端部にメチルアミドユニットを配置した内部システインモデルを開発した。開発したモデル系を活用して高反応性中間体であるヨウ化スルフェニルの合成・単離に成功した。さらに、内部システインモデルのシステインスルフェン酸の合成・単離に成功し、得られたスルフェン酸を用いて、インスリンのシグナル伝達機構に関与する重要な酵素であるプロテインチロシンホスファターゼ1Bのレドックス制御機構に関するモデル研究を行った。また、空孔型骨格をもつ第一級アルキル置換基を活用することで、硝酸エステルによる血管拡張作用機序の鍵反応として提唱されていながら実証例がなかった、チオールと硝酸エステルとの反応によるチオニトラート中間体の生成を、実験的に証明することに初めて成功した。
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