研究領域 | 感応性化学種が拓く新物質科学 |
研究課題/領域番号 |
15H00945
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研究機関 | 奈良先端科学技術大学院大学 |
研究代表者 |
廣田 俊 奈良先端科学技術大学院大学, 物質創成科学研究科, 教授 (90283457)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 蛋白質 / 酵素 / 光活性化 / 赤外分光法 / ヒドロゲナーゼ / 金属蛋白質 / 反応機構 |
研究実績の概要 |
標準型[NiFe]ヒドロゲナーゼの触媒サイクルの1つの状態であるNi-Cへの光照射で生じるNi-Lには、Niの配位環境が僅かに異なる3つの状態(Ni-L1、Ni-L2、Ni-L3)が存在することはEPRを用いた研究により報告されているが、それらの違いは不明であった。本年度は、水素活性化で得られたNi-Cへのレーザー光照射により、Ni-Lの異なる2状態を同時にFT-IRにより観測することに成功した。弱塩基性条件下では、Ni-Cへの光照射により1911 cm-1にCO伸縮振動(νCO)、2047 cm-1と2061 cm-1にCN-伸縮振動(νCN)を示すNi-L2の生成が観測されたが、塩基性条件下での光照射では、1890 cm-1にνCO、2034 cm-1と2047 cm-1にνCNを示す新たな状態が検出された。Ni-L3のEPRシグナルは塩基性条件下で観測されることから、塩基性条件下で観測された1890 cm-1のバンドをNi-L3のνCOに帰属した。標準型[NiFe]ヒドロゲナーゼの水素分解過程で生じるヒドリド(H-)はNi-Fe間に架橋してからH+として放出されると考えられている。Ni-Cへの光照射で生じるNi-L2では、放出されたH+はNiに末端配位しているシステイン(Cys546)配位子の硫黄に結合することが報告されていることから、Ni-L3はCys546の脱プロトン化状態であることが示唆された。Ni-L3のνCOバンドは、Ni-L2に比べて20 cm-1低波数シフトし、標準型[NiFe]ヒドロゲナーゼの各種状態のνCOバンドの中で最も低波数に観測された。Ni-L3では、Ni配位している硫黄の脱プロトン化のため、Niの電子密度が上昇し、νCOの振動数が減少したと推測される。Ni-L2とNi-L3のνCOバンドの強度比を温度の逆数に対してプロットし、Ni-L2のプロトン解離に伴うエンタルピー変化およびエントロピー変化を求めたところ、それぞれ6.4±0.8 kJ mol-1および25.5±10.3 J mol-1 K-1と非常に小さい値が得られ、[NiFe]ヒドロゲナーゼの活性部位ではプロトン移動が効率よく行われることが示された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、塩基性条件下で[NiFe]ヒドロゲナーゼのNi-L3をFT-IRにより検出することに初めて成功し、Ni-L2からNi-L3への遷移にCys546の硫黄の脱プロトン化が関与し、プロトン移動が効率よく行われることを示した。これらの研究成果は[NiFe]ヒドロゲナーゼの反応機構に関する新しい知見である。
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今後の研究の推進方策 |
[NiFe]ヒドロゲナーゼによる水素分子のヘテロリティックな分解過程で生じるヒドリドはNiとFe間に架橋するのに対し、プロトンはNiに末端配位しているシステインの側鎖硫黄に結合することが提唱されている。嫌気性細菌の持つほとんどの[NiFe]ヒドロゲナーゼで、Niに末端配位しているシステインは酸素存在下で酸化修飾され、システインスルフェン酸になった状態を取り、ヒドロゲナーゼは活性化に時間を要する。これは、ヒドロゲナーゼを燃料電池や光合成システムと組み合わせるには決定的な障害であるが、酸化型[NiFe]ヒドロゲナーゼが活性化されると、修飾システインは未修飾システインに変換される。そこで、今後は光照射による不活性状態から活性状態への変換をFT-IRスペクトルを用いて調べ、本酵素の活性化機構を明らかにする予定である。
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