チロシナーゼは、活性中心に二核銅を有する酸化酵素であり、チロシンをドーパキノンへと変換する反応を触媒する。申請者は、チロシナーゼに特異的な銅輸送タンパク質(キャディー)との複合体として、チロシナーゼの三次元構造を決定した。さらに、活性中心にあるキャディーのTyr98残基がチロシナーゼの触媒作用により、ドーパキノンへと変換されうることを発見した。ラマンスペクトルを測定した結果、チロシナーゼをオキシ型に変換すると、初期段階でμ-η2:η2-ペルオキソ二核銅(II)が形成し、最終的にドーパセミキノン・Cu(II)複合体が生じることが明らかになった。さらに、X線結晶構造解析を用いた検討からは、チロシナーゼ・キャディー複合体の結晶中でオキシ型チロシナーゼを形成させると、Tyr98残基のオルト位に濃い電子密度が観測され、結晶中でもチロシナーゼ反応が進行していることが強く示唆された。 Tyr98残基に対するチロシナーゼの反応性を弱めることで、短寿命の反応中間体を捉えることを試みた。具体的には、キャディーのTyr98残基をフッ化チロシンに置換することに取り組んだ。無細胞タンパク質合成システムを用いて、フッ化チロシンを導入したチロシナーゼ・キャディー複合体を取得することを試みたが、タンパク質の取得量が少なく、分光学的解析や結晶学的解析を実施することはできなかった。他方、奈良先端大学院の廣田教授との共同研究として、チロシナーゼ・キャディー複合体における銅イオンの挙動を、FT-IRスペクトル解析や、ESRスペクトル解析で明らかにした。その結果、嫌気条件下の複合体においては、銅イオンの取り込みは可逆的であることが明らかとなった。好気的条件下でオキシ型チロシナーゼが生成し、キャディーのTyr98をキノンに変換し、凝集反応を促進することで、活性型チロシナーゼが不可逆的に生成することが示唆された。
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