公募研究
シトクロムc酸化酵素(CcO)は、酸素分子を水にまで還元し、同時にプロトンを膜の内側から外側へ能動輸送するプロトンポンプとして働く。こうして膜に生じる電気化学的ポテンシャルにより、ATPが合成される。CcOによる酸素分子還元は、ヘム(Fe)とCuの二核中心で行われる。Feと酸素分子との反応ではまず酸素化型が生じ、次にP中間体が生じる。この段階で酸素分子は4電子を受け取っており、2個はFeから、1個はCuから供給される。4個目は、Cuの配位子であるH240と翻訳後修飾により結合したY244から供給されると考えられており、この場合、チロシンラジカルが生じるが、直接的な証拠は無い。そこで、本研究では紫外共鳴ラマン分光法を用いてチロシンラジカルの検出を試みた。励起波長244 nmのCcOの共鳴ラマンスペクトルには、主にチロシン残基とトリプトファン残基に由来するラマンバンドが現れる。P中間体のスペクトルには、1404波数と1518波数にラマンバンドが検出された。共鳴ラマンスペクトルのこの特徴から、P中間体にはチロシンラジカルが生成することがはっきりした。フリーのチロシンのフェノール性OHのpKaは10.1である。我々は以前、ウシCcOに見られるY244-H240のモデル化合物のTyr-Hisでは9.2に低下することを報告した。ウシ心筋CcOの機能単位には72個のチロシン残基が存在するが、上述のような低いpKaを与えるという独特の性質を持つことと、ヘムの近くに存在することから、本研究で検出されたチロシンラジカルの信号は、Y244に由来する可能性が高い。この解釈は、P中間体が生成するとき酸素分子に与えられる4個の電子が、Feから2個、Cuから1個、Y244から1個供給されるという考えを支持する。
2: おおむね順調に進展している
本研究では、インドールアミン2,3-ジオキシゲナーゼ(IDO)とシトクロムc酸化酵素(CcO)において酵素反応中にタンパク質内に生じる感応性化学種を紫外共鳴ラマン分光法により詳しく調べる計画である。当初、平成27年度にIDOを、平成28年度はIDOの研究を続けながらCcOに取りかかる予定であったが、IDOの調製に用いるクロマトグラフィーシステムが故障したため、平成27年度にCcOについて研究した。ウシ心筋CcOは、ミトコンドリア内膜の呼吸鎖電子伝達系にあり、分子状酸素を水にまで還元する反応に共役してプロトンを膜の内側から外側へ汲み出すプロトンポンプとして働く、生体エネルギー変換の鍵酵素の1つである。酸素還元反応において、最初の反応中間体はFe(III)-O2である。次の反応中間体は、形式的にFe(V)=Oであり酸素分子には4電子が渡り、遊離したO原子はOH-を形成すると考えられる。酸素分子に渡る電子の起源は、Feから2個、Cuから1個であり、4個目はFeの近くに存在するY244と考えられているが、物理的証拠は無かった。もし、Yが電子とプロトンの供与体ならチロシンラジカルが生じるので、本研究では紫外共鳴ラマン分光によりチロシンラジカルの検出を試みた。その結果、244 nm励起の共鳴ラマンスペクトルにチロシンラジカル由来の信号を検出した。ウシCcOには72個のチロシン残基が存在するが、Y244はCuの配位子であるH240と共有結合を形成しており、特殊である。このことと、Y244がヘムの近傍に存在することから、本研究で検出したP中間体のチロシンラジカルはY244である可能性が高い。以上のことから、P中間体形成時に酸素分子に供与される4電子の起源は、Feから2個、Cuから1個、Y244から1個であるという説は支持された。
CcOのP中間体について、Y244がラジカルである証拠を得たが、このラジカルの性質をさらに詳しく調べるため、可視共鳴ラマン分光法による検出を試みる。次に、IDOの反応中間体について紫外共鳴ラマン分光法により、タンパク質に結合した基質の振動スペクトルを選択的に得る。それを解析して、反応中間体における基質の状態をはっきりさせ、反応機構の解明につなげる。
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すべて 雑誌論文 (14件) (うち国際共著 4件、 査読あり 14件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (24件) (うち国際学会 4件、 招待講演 5件)
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