公募研究
溶液試料ならびに結晶試料のいずれに対しても適用可能な時間分解可視吸収分光計測装置と時間分解赤外吸収分光計測装置を開発した。これらの新たに開発した装置で一酸化窒素還元酵素(NOR)によるNO還元反応を追跡するためには、光照射により酵素反応が開始される仕組みを構築する必要があるので、紫外光照射によりNOを定量的に放出するケージドNOの利用を考えた。還元型NORをケージドNOと混合したものをグローブボックス内で調製し、嫌気的に時間分解計測用のフローセルに導入する方法を確立した。この試料を用いて時間分解可視吸収スペクトル測定を行ったところ、紫外光照射後数マイクロ秒で何らかの中間体が生成し、その後、百マイクロ秒の時間領域で酸化型NORが生成していく様子が観測された。これは、本研究で用いた反応系が光照射により駆動することを示しており、NORによるNO還元反応が追跡できていることを示唆している。ケージドNOの濃度を変えて時間分解可視吸収測定を行った結果、最初の速い相のみがNO濃度依存性を示したことから、反応開始後数マイクロ秒でみられるものは、還元NO結合型で、その後分子内反応により二分子のNOが亜酸化窒素へと還元されると考えられた。これらの知見を基盤に、反応開始5マイクロ秒の時点での赤外吸収スペクトルを測定したところ、NO伸縮振動に帰属できるシグナルを二本観測することができた。それぞれの波数から、観測されたNO伸縮振動は、NORの活性部位を構成するヘム鉄および非ヘム鉄のそれぞれに結合したものであると結論付けられた。この結果は、NORによるNO還元反応では、二分子のNOがヘム鉄および非ヘム鉄に結合した状態を経由して進行するトランス機構であることを示唆している。
2: おおむね順調に進展している
装置開発は順調に進んでおり、NORの反応機構を知る上でのキーとなる測定を行うことができた。時間分解赤外分光計測には大量の試料が必要となるため、赤外吸収スペクトルについては、反応時間1点しか測定できていないが、試料の調製さえすめば、赤外スペクトルの時間変化も測定可能であり、より詳細な反応機構解明につながると期待できる。NORの結晶試料についての測定には着手できなかったが、装置としてのセットアップは完了しており、別のモデルサンプルを用いて、装置の性能評価が確認できている。こちらも、結晶試料が調製できれば、測定は円滑に進めることができるであろう。以上のように、本課題は、概ね順調に進んでいるといえる。
第一に溶液試料のNORを用いて時間分解分光計測を完了させる。得られた分光データを利用して、理論計算から反応中間体の分子構造を推察し、反応機構を原子・電子レベルで提案する。NORの反応に必要となるプロトン輸送に関わるアミノ酸残基の変異体を利用することも考え、酵素反応ダイナミクスに摂動を加えることで、天然型の酵素を用いた場合には、観測が困難な反応中間体の観測にも挑戦する。第二の目標は、反応中間体のX線結晶構造解析である。結晶試料のNORを用いて時間分解分光測定を行い結晶中での反応ダイナミクスを明らかにする。得られる情報を基盤に、反応中間体の捕捉条件を割り出す。結晶中で反応中間体が捕捉できれば、そのX線結晶構造解析から反応中間体の分子構造を決定する。この際には、これまでに培ってきた装置開発のノウハウを結集し、X線回折と赤外吸収が同時計測できるようにし、実験を効率的に進める。
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すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件、 謝辞記載あり 1件) 学会発表 (5件) (うち国際学会 3件、 招待講演 1件)
Journal of Synchrotron Radiation
巻: 23 ページ: 334-338
10.1107/S1600577515018275