研究領域 | 3D活性サイト科学 |
研究課題/領域番号 |
15H01041
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研究機関 | 千葉大学 |
研究代表者 |
坂本 一之 千葉大学, 融合科学研究科(研究院), 教授 (70261542)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | ナノ構造物理 / 光誘起ドーピング / トポロジカル絶縁体 / スピントロニクス / 表面物性 |
研究実績の概要 |
理想的なトポロジカル絶縁体では、バルクが絶縁体でエッジ状態のみが金属的な電子状態となるはずだが、現実のトポロジカル絶縁体、例えば三次元トポロジカル絶縁体のBi2Se3などではSe欠損などによって電子ドープ状態となり、バルクが金属的な電子状態となる。これは、理想的な系で期待されていた高効率スピン流が検出できないことを意味する。この問題を解決するためには、トポロジカル絶縁体に電荷をドープする必要があり、これまで多くの方法が試されてきた。我々は、H2O雰囲気下でBi2Se3に真空紫外光を照射すると、光を照射した領域のみバルクの電子状態が絶縁体的になるという、全く新しいドーピング効果を観測した。 この新奇ドーピングのメカニズムを解明するため、大型放射光施設SPring-8のビームライン25SUにおいて、大気劈開したBi2Se3試料の組成をX線光電子分光で調べた後、光電子回折・ホログラフィー実験を行った。X線光電子分光で束縛エネルギー800 eVから0 eVの範囲までの電子状態を測定した結果、大気劈開したにもかかわらず、試料が酸素で汚染されていないことと、炭素による汚染も微量であることがわかった。また、表面のSe原子密度が、散乱断面積を考慮した強度から見積られる値よりも小さいことがわかった。光電子回折・ホログラフィー実験は、強度が強いだけでなく、他の内殻準位から束縛エネルギーが十分離れているBi 4dとSe 3d内殻準位から光電子を、運動エネルギーが600 eVとなる光エネルギーを用いて行った。得られた光電子回折パターンからを解析した結果、ファンデルワールスギャップを含めた、Bi2Se3の層間距離を求めることに成功した。 本新学術領域に参加することで、主課題のみでなく、新しく共同研究を始めることが可能となり、金ナノ粒子のサイズに依存した電子状態の測定も行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
交付申請書に記載した、光電子回折・ホログラフィーを用いたBi2Se3の三次元原子構造を明らかにするのみでなく、光電子の散乱断面積を考慮したところ表面のSe原子密度がバルクの密度よりも低いことを見出した。この結果は、これまで明らかとなっていなかった、Se欠損によってバルクの電子状態が金属的となる要因の解明に大いに寄与するものである。金属的なバルクの電子状態の要因であるSe欠損が、試料作製にバルク中で起こるのか、それとも表面領域で欠損しているのかがこれまで議論されていたが、本研究結果により、清浄表面を得るために試料を劈開するときにSe欠損が起こり、この表面領域のSe欠損によってバンドベンディングが起こり、バルクが金属的な電子状態となることがわかった。これは、Bi2Se3の物性理解だけでなく、トポロジカル絶縁体を用いたデバイス作製にも大きな進展をもたらすものであることから、当初の計画以上の成果といえる。 本新学術領域に参加することで、主課題のみでなく、新しく共同研究を複数始めることが可能となった。その1つが金ナノ粒子のサイズに依存した電子状態の解明である。金はナノ粒子になると磁性が発現するなど特異な物性が報告されている興味深い研究対象である。そこで、磁性発現のメカニズムを解明することを目的に、海外放射光施設においてサイズ(Au原子数)の揃ったナノ粒子の電子状態を高分解能で測定したところ、これまでに報告のない結果を得ることができたことも当初の計画以上である。
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今後の研究の推進方策 |
本年度は、低温で通常の光電子分光測定が行える佐賀県立九州シンクロトロン光研究センターにおいて光誘起によってドーピングされた試料を作成し、それを真空に封じ込めた状態でSPring-8に搬送してビームライン25SUにて光電子分光・回折・ホログラフィー実験を遂行することを計画している。九州シンクロトロン光研究センターとSPring-8でのビームタイムはすでに確保出来ているが、時間的制約によりSPring-8での実験がすべて完了出来なかった場合は同様の実験が行えるスイスの放射光施設(Swiss Light Source)のPEARLビームラインでの実験も計画している。実験はまず、ドーピングに寄与すると思われるO 1s準位の光電子ホログラフィー測定を行うことでドーパントサイト周囲の三次元局所構造を原子レベルで解析し、ホール注入源としての活性サイトである酸素原子に関する知見を得る。また、炭素によるわずかな汚染があって初めて光誘起ドーピングが起こることから、C 1s内殻準位を用いた光電子ホログラフィー測定を行い、ドーパント形成の活性サイトとしての炭素原子を調べる。光電子ホログラフィーの実験は連携研究者である奈良先端科学技術大学院大学の松井文彦准教授と共に行う。吸着酸素付近の三次元局所構造と、それがドーパントとして試料の物性に与える影響に関する理論的考察は連携研究者である金沢大学の小田竜樹教授が中心となって行う。
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