鞭毛繊毛運動の基礎はモータータンパク質・ダイニンによる微小管の滑り運動である。このすべり運動は、軸糸(鞭毛の内部構造)内のさまざま構造を通じて時間的空間的に制御され、規則正しい屈曲運動へと変換されると考えられている。そのメカニズムはよく分かっていないが、これまでの研究から、軸糸直径の大きさ変化がこの変換機構の鍵となる可能性が示唆されている。鞭毛中心構造(中心小管、スポーク)を欠失した非運動性変異株の軸糸直径は野生株のそれよりも小さいが、変異株に屈曲運動を誘導する in vitro の条件では野生株並みに増大することが明らかとなった。これらのことから、ダイニンのモーター活性は軸糸直径変化、すなわちダイニン微小管の相互作用距離の変化によりオンオフ制御される、という仮説が考えられた。本研究では、この仮説を検証するために、屈曲運動中の鞭毛軸糸の直径変化を直接計測する試みを行なった。軸糸につけた量子ドットを目印として直径の計測を試みたが、2 つの量子ドットを測定最適位置に配置することが難しく、計測はうまく行かなかった。しかしその一方で、先に述べた仮説を支持する現象を新たに見出した。円形に配置された 9 本の軸糸微小管は、隣同士がネキシンリンクにより架橋され、構造が安定化されている。ネキシン欠損株の軸糸は in vitro で運動性がなく、また、その軸糸直径は野生株より大きくなっていることが知られている。この広がった軸糸直径を圧縮することができれば、動かない軸糸が動き出す可能性が考えられた。そこで、高分子を添加し、その枯渇力により軸糸直径の圧縮を行なったところ、確かにこの株の軸糸直径が野生株並に減少する際に、屈曲運動が安定して生じることがわかった。この結果は、軸糸直径には最適値があり、その範囲で屈曲が生じることを示唆する。
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