公募研究
ある種の真核生物の鞭毛・繊毛は表面の膜と固体表面との間で滑走運動を行う。その機構として、鞭毛内の輸送系(IFT)が膜上の糖タンパク質を駆動するという考えが広く受け入れられている。現在有力な説はIFTが膜貫通性の糖タンパク質の細胞内部分と相互作用して動かすというものであるが、そうであるならば、細胞が固体表面上で鞭毛長以上の距離を滑走するためには、その糖タンパク質は一定距離を移動したのち基質か膜から外れる必要がある。しかし、そのことを調べた研究は無い。一方、我々は一昨年、クラミドモナスの鞭毛表面に付着して滑走している微小プラスチックビーズが、時間とともに凝集塊を形成する現象を発見した。凝集塊は蛍光標識したレクチンで染まるので、この現象は糖タンパク質が鞭毛膜から外れて、ビーズに付着することによって起こると結論した。本年度は、そのビーズ凝集に関わるタンパク質が、クラミドモナス鞭毛における主要糖タンパク質FMG1であることを明らかにした。さらに、タンパク質合成、糖タンパク質輸送、あるいは糖鎖修飾を阻害すると、細胞の固体表面への付着とビーズの凝集が阻害されることを見出した。これらの事実は、FMG1が連続的に細胞内で合成され、絶えず膜上に移動しては固体表面に付着して離脱していくという、ダイナミックな現象を反映している可能性が大きい。すなわち、鞭毛の表面運動の基礎に、膜タンパク質の想像以上に高速なターンオーバーが存在すると考えられる。また現象の一般性に関して、ウニ初期胚頂毛(非運動性繊毛)において、付着したビーズが長距離にわたって滑走する現象を明瞭に捉えることに成功した。頂毛は長さが100μmにも及ぶ例外的に長い繊毛であり、今回の観察はこれまでに報告された鞭毛・繊毛の表面運動のなかで最もめざましい例となる。
2: おおむね順調に進展している
鞭毛膜上の基質付着タンパク質がFMG1であることを特定した。さらに、各種の阻害剤を用いた実験から、その動態を垣間見ることに成功した。このタンパク質の同定は、本研究の主要な課題であった。鞭毛・繊毛表面運動の普遍性に関して、ウニ初期胚の頂毛と呼ばれる非運動性繊毛において、付着した微小ビーズがめざましい表面運動を行う現象を再現性良く観察することに成功した。これまで、クラミドモナス鞭毛以外の系においては、鞭毛・繊毛表面運動の報告は少数例しか知られていない。頂毛のような例外的に長い繊毛でその運動が観察されたことは、現象の普遍性を示す意味でも、今後の生理学的研究への道を開いたという意味でも重要であろう。
残された問題の1つは、クラミドモナス細胞がガラス表面上を滑走する際に、実際にFMG1を表面上に付着させながら移動することを示すことである。この目的のために、ガラス表面上に付着したFMG1を検出する試みを行う。その際、ガラス全体を蛍光標識したレクチンや抗体で染める方法と、あらかじめ鞭毛上のFMG1を蛍光標識してから細胞を滑走させる方法などを試す。また、鞭毛表面のFMG1がどのような状態で固体表面と相互作用しているかという問題も興味深い。その解明のため、超薄切片法による電子顕微鏡観察を行う。本研究の大きな目的の1つである表面運動の普遍性追求については、上述のように、ウニ初期胚頂毛で表面運動の検出に成功した。そのような不動繊毛において表面運動が検出されたのはこれが初めてであり、その運動性について詳細を調べる価値があると思われる。今後、これまでに得られている映像を用いて、ビーズの運動速度に関する解析を進める。さらに、運動性繊毛においてもそのような運動が見られるか否かを検討したい。具体的には、ウニ初期胚やゾウリムシの繊毛において、運動阻害剤を加えた条件で表面運動の有無を検討する。さらに、鞭毛・繊毛以外の構造として、微小管束を芯に持つタイヨウチュウ軸足で表面運動の検出を試みる。
すべて 2015
すべて 雑誌論文 (2件) (うち査読あり 2件、 オープンアクセス 2件、 謝辞記載あり 1件) 学会発表 (2件) (うち招待講演 1件)
Molecular Biology of the Cell
巻: 26 ページ: 4236-4247
10.1091/mbc.E15-05-0289
巻: 26 ページ: 2810-2822
10.1091/mbc.E15-03-0182