多細胞生物の胚は発生過程において、温度変化や有害物質による外部環境からの攪乱にさらされており、さらに転写や細胞移動、細胞分裂などの素過程は、ゆらぎに満ちたものであると考えられる。それにもかかわらず、形態形成は正確におこなわれ、生物はきわめて正確に均整のとれたかたちに作られる。このことから生物の形態形成機構はロバスト性を維持する仕組みを備えていると考えられる。本研究ではせきつい動物の体節形成をモデルとして、シグナル伝達がフィードバックループによってファインチューニングされることが、形態形成のロバスト性機構を支えていることを明らかにすることを目指した。 Notchシグナルの抑制因子であるNrarpのノックアウトマウスでは、体軸骨格に軽微な異常が観察される。このことから体軸骨格のもととなる体節形成過程の異常を疑い、体節形成を制御する遺伝子であるHes7、Lunatic Fringe (Lfng) の発現を解析した。体節の原基である未分節中胚葉において、Hes7とLfngの発現は体節形成周期(2時間)に同期して振動していることが知られている。これらの遺伝子の転写活性化状態を遺伝子座レベルで検出した結果、野生型胚に比べてNrarpノックアウトマウス胚では、転写がOFFになっている領域/タイミングの細胞で転写が活性化されている遺伝子座の割合が高かった。このことからNrarpノックアウトマウス胚では、転写を同調させる能力が低くなっていることが示唆された。 さらに野生型胚およびNrarpノックアウトマウス胚をバルプロ酸に暴露することで、人為的に環境の撹乱を引き起こし、その撹乱に対する耐性を評価したところ、Nrarpノックアウトマウス胚は環境変化の撹乱に脆弱であることが示唆された。
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