公募研究
本研究では、レドックスシグナル伝達の可逆性担保における活性イオウ分子(RSS)の重要性を明らかにすることを目的としており、高い電子受容能を示し、その結果、レドックスサイクルを介して効率良く活性酸素種(ROS)を産生する9,10-フェナントラキノン(PQ)をモデル化合物として研究を行っている。PQは異なるRSS(Na2S2、Na2S3、およびNa2S4)と反応した結果、反応溶液中溶存酸素の顕著な消費が認められ、同時にPQのセミキノンラジカル体およびRSSのラジカル体の産生が電子スピン共鳴(ESR)で検出された。本条件下において、PQとの反応によりRSSが消費していることを証明するため、HPE-IAM標識を用いてLC-MS/MSによるRSSの定量を確立した。PQにA431細胞を曝露すると、細胞内ROS産生が検出され、PTPs活性の阻害およびEGFR/ERKシグナルのリン酸化亢進が認められた。一方、PQの構造類似体でレドックス能のないシス-9,10-ジヒドロキシ-9,10-ジヒドロフェナンスレン(DDP)曝露および過酸化水素の消去酵素であるカタラーゼのPEG誘導体を前処置したPQ曝露時では、EGFR/ERKシグナルの活性化はそれぞれ認められなかった。興味深いことに、PQ曝露で見られた一連の現象は、本化合物のようにレドックス活性を有するパラコート等でも見られた。
2: おおむね順調に進展している
平成27年度は、今まで未知であったPQとパースルフィド/ポリスルフィドとの反応性およびその生成物について、およびPQのレドックスサイクルにより産生されたROSによるPTPs/EGFR/ERKシグナルについて検討した。PQとパースルフィドであるNa2S2、もしくはポリスルフィドであるNa2S3およびNa2S4と反応させた結果、反応溶液中の溶存酸素の減少を酸素電極で検出することができ、ESR分析を用いてPQのセミキノンラジカル体およびRSSのラジカル体の同定に成功した。一方、モノスルフィドであるNa2SおよびGSHを用いた検討より、上記した一連の現象がパースルフィド/ポリスルフィドに特異的であることを確認した。また、PQのように高い電子受容能を示すパラコート、1-メチル-4-フェニルピリジニウムおよびピロロキノリンキノンでも、RSSと反応して溶存酸素を消費することを見出した。なお、PQとの反応によるRSSの減少は、HPE-IAMで標識してLC-MS/MSを用いる方法により定量することができた。PQ曝露によるROS産生依存的なレドックスシグナル伝達経路の活性化については、PTPs/EGFR/ERKシグナルで調べる方法を確立した。これらの成果の一部は、当研究室の大学院生がフォーラム2015衛生薬学・環境トキシコロジーで発表し、優秀若手研究者賞を受賞した。以上の研究成果により、平成27年度までの研究状況は概ね順調であると言える。
PQは、非細胞系でRSSと反応して酸素消費を伴いROSを産生すること、細胞系でレドックスシグナルを活性化することが示されたが、本キノン体によるレドックスシグナル伝達の変動における細胞内外RSSの寄与に関して未開である。平成28年度以降は、RSS産生酵素であるCSEをノックアウトもしくは高発現した細胞を用いて、PQ曝露によるタンパク質の酸化修飾がRSS量の変動により制御されるか否か検討を行い、レドックスホメオスタシス維持におけるRSSの関与に着目して研究を推進する予定である。RSSはPQにより酸化されてチイルラジカルを生成することを見出したが、本チイルラジカルの生物学的意義は全く知られていない。今後は本ラジカル種の安定性と細胞内電子伝達系との関わり合いについても検討を加える予定である。
すべて 2016 2015 その他
すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (5件) (うち国際共著 2件、 査読あり 5件、 オープンアクセス 4件) 学会発表 (8件) (うち国際学会 1件、 招待講演 1件) 備考 (1件)
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