公募研究
肝細胞内で産生されたROSは、細胞死と代償性細胞増殖により肝細胞がん(HCC)を促進することが知られている。また活性酸素種(ROS)産生を細胞質のIKKβは抑制するが、核内のIKKβはキナーゼ活性非依存的にROSの産生を誘導する。肝細胞内で産生されたROSの炎症と発がんにおける意義を明らかにするために、核内移行シグナルを融合したキナーゼ活性欠損型IKKβを発現させ、肝細胞特異的に細胞質のIKKβを欠損するマウス (Tg-NLS-IKKβKN IKKβΔhepマウス)を作成した。このマウスは出生直後から肝小葉で広範な細胞死と炎症が進行して、線維化の進展により肝硬変の病態を呈した。このマウスに対してジエチルニトロサミン(DEN)による化学発がん実験を行った。驚くべきことにIKKβを欠損するマウスではDENによりHCCを高頻度に発生するのに対して、今回作成したTg-NLS-IKKβKN IKKβΔhepマウスではHCCの発生が顕著に減少することが判明した。マイクロアレイ等による網羅解析の結果、このマウスではP450(CYP)遺伝子の発現が抑制されており、DENの代謝が抑制されるために変異原性が減少することがHCCの抑制につながると考えられた。さらにクロマチン沈降法による解析の結果、肝細胞で重要な役割をになう転写因子HNF4αのCYP遺伝子のプロモーターへの結合が減少することにより遺伝子発現が抑制されることが判明した。このマウスでは胆汁酸が亢進することによりFXRが活性化されており、FXRを介してHNF4αの機能が低下することが判明した。肝臓で産生されたROSは胆汁酸を介して遺伝子発現を改変し、HCCの抑制につながることが見いだされた。ROSは代償性細胞増殖を介して発がんを亢進する機能の一方で、遺伝子発現を介して発がんを抑制する機能も併せ持つことが明らかになった。
1: 当初の計画以上に進展している
本研究は、Tg-NLS-IKKβKN IKKβΔhepマウスではROSの産生が亢進しているにもかかわらず、DENによる化学発がんが抑制されるという現象に着目して、この分子機構を明らかにすることによりROSと発がんの新たな関係を解明することを目的とした。当初はこのマウスにおけるHCCの抑制には、ROSの産生を起点とした肝線維化ががん微小環境を改変させて発がん抑制につながることを想定して解析を進めていたが、マイクロアレイによる網羅的遺伝子発現解析の結果、HNF4αの機能が低下することが化学発がんの抑制の主要な原因であることが明らかになった。さらにこの抑制には胆汁酸によるFXRの活性化が関与することが見いだされた。細胞内で産生されたROSのシグナルは細胞死による代償性細胞増殖を引き起こして発がんを亢進する一方で、胆汁酸を介して遺伝子発現の改変により発がんを抑制する機能も有していることが明らかにされた。このことはROSによる細胞死や炎症の亢進が発がんを抑制するという驚くべき結果であり、ROSの生理機能における多面的で多重的な役割を表していると考えられた。当初の予定に想定していなかった新たな現象を見いだした。ROSと発がんをつなぐ分子機構を解明した点において、本研究は当初の研究計画以上に大きく進展していると考えている。
本研究ではIKKβ遺伝子の改変によるROS産生が、胆汁酸を介して遺伝子発現を改変することにより発がんを抑制することを明らかにした。しかしながらIKKβ遺伝子の改変がなぜROS産生につながるのか、なにがROS産生の引き金をひくのか、ROSを産生する分子機構は何かを解明する必要がある。当初の研究計画を遂行するとともに、ROS賛成の分子機構を明らかにする予定である。また我々はROSがMAPキナーゼホスファターゼ(MKP)を抑制する現象を見いだしているが、MKPを肝細胞で過剰発現させるとNK細胞が関与する肝障害を軽減することを見いだした。ROSのシグナルを受容したMKPの炎症と発がんへの関与についても、当初の研究計画に従って解析する予定である。
すべて 2016 2015
すべて 雑誌論文 (9件) (うち査読あり 1件) 学会発表 (3件)
Scientific Reports
巻: 6 ページ: 20157
10.1038/srep20157
Journal of American Heart Association
巻: 5 ページ: e002485
10.1161/JAHA.115.002485.
Journal of Biological Chemistry
巻: 290 ページ: 24255-24266
10.1074/jbc.M115.658559
Mediators of inflammation
巻: 2015 ページ: 125380
10.1155/2015/125380.
PLoS ONE
巻: 10 ページ: e0127467
10.1371/journal.pone.0127467.
American Journal of Physiology - Endocrinology and Metabolism
巻: 309 ページ: E214-23
10.1152/ajpendo.00553.2014.
American Journal of Physiology - Gastrointestinal Liver Physiology
巻: 309 ページ: G42-51
10.1152/ajpgi.00443.2014.
Nature communications
巻: 6 ページ: 6780
10.1038/ncomms7780
American Journal Physiolgy-Gastrointestinal and Liver Physiogy
巻: 308 ページ: 151-158
10.1152/ajpgi.00198.2014.