研究実績の概要 |
脳血管障害は、本邦の死亡原因の4位となる極めて発生頻度の高い疾患である。しかしながら、虚血などにより脳組織が損傷した際に、失われたニューロンや神経回路を再生するための有効な再生治療法は未だ確立されていない。
そこで、今年度の研究においては、脳梗塞モデルマウスを用いて、その側脳室や梗塞層に、申請者ら独自に見出した新生ニューロンの発達促進因子(5T4, Npas4など)を遺伝子導入した。そして、脳梗塞マウスにおいて、新生ニューロンの発達を促進し、梗塞部位で失われた神経回路を補填するという“適応回路シフト”を活性化することで、脳神経回路の機能回復を図ろうと考えている。
また、脳梗塞が起こった際、血流が低下しながらも細胞死を免れている梗塞層の周辺領域では、「どのようにして細胞死が抑制されているのか?」が、現在の臨床治療における重要な課題となっている。申請者らはこれ迄に、転写因子Npas4が新生嗅球ニューロンのシナプス形成を促進することを明らかにした(申請者ら、Cell Reports, 8, 843, 2014)。今年度の研究では、梗塞時のマウスの脳内において、Npas4遺伝子がどのように発現しているのかを検討した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度の研究において、マウスの中大脳動脈(MCA: middle cerebral artery)の閉塞・再灌流後に、大脳皮質や線条体などにおいて、Npas4遺伝子が梗塞部位を囲むように一過性に発現していることを見出した(申請者ら、未発表データ)。大脳皮質の興奮性ニューロンでは、Npas4の下流で神経栄養因子BDNFの発現が誘導されることが知られており(Nature, 455, 1198, 2008)、Npas4は興奮性と抑制性の神経回路のバランスを取る役割を果たすと考えられている(Cell, 157, 1216, 2014)。このような梗塞後のNpas4の発現上昇は、Npas4が梗塞周囲におけるニューロンの生存や、神経回路の再編に関与することを強く示唆していると考えられる。
申請者らは更に、「梗塞層の周辺領域で、どのようにして細胞死が抑制されているのか?」を明らかにするため、Npas4欠損マウスに関して中大脳動脈の閉塞手術を行い、野生型マウスと比較検討している。これ迄のところ、Npas4欠損マウスでは、脳梗塞による症状の悪化が見られている。そこで、梗塞部位やその周囲において、Npas4により発現が制御されることが報告されている遺伝子(BDNF, cFos, Mdm2等)の変化を検討しており、細胞死や運動機能への影響を定量している。また逆に、梗塞部位にNpas4を発現するレンチウイルスを注入して、その発現を促進した場合の効果についても調べている。
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