研究領域 | 新海洋像:その機能と持続的利用 |
研究課題/領域番号 |
15H01610
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研究機関 | 国立研究開発法人水産総合研究センター |
研究代表者 |
金治 佑 国立研究開発法人水産総合研究センター, その他部局等, 研究員 (10455503)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 小型ハクジラ / 北西太平洋 / 食物連鎖網 / バイオプシー |
研究実績の概要 |
北太平洋の海洋区系とそこに存在する生態系を、鯨類が時空間的にどのように利用しているのか把握するため、炭素・窒素安定同位体の分析を行った。ハンドウイルカ、マダライルカ、スジイルカ、マイルカの小型ハクジラ4種を対象とした分析からは、移動回遊を伴いながら栄養段階が季節的に変化する種、移動回遊を伴わず季節的に栄養段階が変化する種、栄養段階に顕著な季節的変化が認められない種があり、種によって海洋区系の利用様式が異なることが示唆された。また安定同位体比の地理的な変化からは、低水温-高水温、沿岸-沖合、窒素固定海域などの違いによる基礎生産構造の地理的差異が、小型ハクジラの炭素・窒素安定同位体比に反映されているものと考えられた。他班との共同研究により、懸濁有機物 (POM)、動物プランクトン、表層性・中深層性魚類、頭足類、海鳥類、鯨類といった生態系の主要構成生物を網羅して、安定同位体比による生態系の構造を分析した。北太平洋の混合領域、移行帯、移行領域の3区系でこれを比較した結果、栄養段階ごとの濃縮率に海域間で違いがない一方、生態系のベースラインが海域間で異なることが示唆された。研究代表者らが平成25-26年度に実施した研究課題『鯨類からみた海洋区系と機能』で提案した海洋区系は、鯨類の地理分布と海洋物理環境との関連を分析した結果から導かれたものである。しかし生態系の頂点に位置する鯨類と、その基点となる物理環境との間に介在する食物連鎖網を通したプロセスについては十分な検証ができていなかった。本研究の結果から、生態系の基礎生産構造が、食物連鎖網を通して高次捕食者に影響すると考えられ、鯨類から提案した海洋区系が生態系構造との関連からも整合的に理解できた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究代表者らが平成25-26年度に実施した研究課題『鯨類からみた海洋区系と機能』では、鯨類の地理分布と海洋物理環境との関連から海洋区系を提案した。しかし同一区系を利用する種でも、区系内の利用様式は一定ではなく、例えば区系内の沿岸-沖合間での種内、種間での利用様式の違いや季節的な区系間の移動といった、詳細な構造についても理解が不十分であった。また『鯨類からみた海洋区系と機能』で用いた目視記録は、ほとんどが夏季に集中する。これは、目視環境が優れる夏季に調査が集中するためで、夏季以外の目視記録は利用できたとしても、悪天候による発見確率の低下などの問題を考慮する必要があった。今回、安定同位体分析を用いることで、こうした問題点を克服し、断片的にではあるが鯨類による海洋区系の時空間的な利用パターンや、生態系における様々な構成生物との関係について理解を深めることができた。計画研究班との共同研究では、低次~高次の生物を網羅的に扱い、安定同位体比から各海洋区系の食物網構造の違いを明らかにした。次年度以降、国際学会での成果公表も予定しており、順調に成果が得られてきている。
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今後の研究の推進方策 |
今年度の分析は、主にハンドウイルカ、マダライルカ、スジイルカ、マイルカを中心に進めた。これらは主に、亜熱帯域や移行帯を中心に分布する種であるが一方、他班との共同研究は、計画研究A03項目で提案された黒潮以北を中心とした海洋区をベースに展開している。次年度は上記4種に加え、特に移行領域や亜寒帯域に分布するカマイルカ、セミイルカ、イシイルカの分析を重点的に実施する予定としている。この分析結果から、各海洋区の生態系構造の推定がより信頼の高いものとなると同時に、生態系のなかで鯨類が果たす役割についても、海洋区間の比較、種間の比較を通して理解が進むものと考えている。また、分析標本の中には1990年代前半に採集されたものもあり、過去の標本記録については今一度検証が必要である。特にスジイルカ、マイルカ、カマイルカなどは、別種との混群が多く記録されている。標本採集時の目視記録では、種判定を誤っている可能性も否定できず、種を誤ったままでは解釈を誤る可能性が高い。次年度はDNA分析手法を用いて、表皮組織標本からの種判定を行う。また同時に種判別も実施し、雌雄での安定同位体比の違い、海洋区利用様式の相違についても、検討する予定としている。以上の研究展開により、北太平洋の海洋区系について、海洋物理環境~鯨類を通して整合的に把握することができ、これまで情報が限られてきた外洋域の生物資源の利用・管理に貢献できるものと期待される。
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