蛋白質中のジスルフィド(SS)結合の安定性(酸化還元電位)は、SS結合の溶媒露出度に加えてシステイン残基周囲の構造揺らぎに依存する。また、環境の還元電位やpHに依存するため、細胞の状態によってダイナミックに変動する。一般に、細胞内の還元電位はグルタチオンの濃度で決まるとされるが、活性酸素種の影響も受ける。加えて、細胞内環境自体が蛋白質の構造や揺らぎに影響を及ぼすことから、細胞内におけるSS結合の状態は試験管内の知見から簡単には予測できない。本課題では、NMRを利用して、細胞内でSS結合がどの程度還元され、SH型になっているかを調べ、細胞状態や蛋白質機能との関連を調べる方法の構築を目指し、モデル蛋白として、Csk SH2ドメインを用い、これを電気穿孔法で細胞に導入しNMR測定を行うことを試みた。昨年度までに、15N標識したSH2試料の調製方法の確立は完了していたが、電気穿孔法によって細胞に導入できるSH2ドメインの量が不十分であったため、今年度も引き続きその検討を行った。SH2の代わりに、蛍光を使った検出が容易なGFPを用いて、電気パルスの長さやタイミング、印加電圧を様々に変えて電気穿孔を行ない、GPFの導入効率を検討した。さらに、GFPが最も効率良く導入できた条件の近傍で、SH2の導入条件の検討を行った。これにより、SH2ドメインのNMRスペクトル(2D 1H-15N HMQC)を得ることに成功した。しかし、定量的な解析を行うにはNMR信号の強度が十分ではなく、細胞内でSS結合が還元されていく速度や、還元電位を精確に求めるには至らなかった。アミド水素のスピン緩和時間を長くするために、それら以外を重水素化した試料を用いるなど、さらなる検討が必要であると考えられた。
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