本年度は、広富林遺跡出土人骨69点、良渚遺跡出土人骨20点、田螺山遺跡出土人骨15点、河姆渡遺跡出土人骨5点から歯エナメル質粉末を採取し、ストロンチウム同位体比に基づいた移入者の識別を試みた。昨年度では、広富林の良渚文化期及びスウタク文化期で女性のみが移入者であることが示されてきたが、場所が大きく異なるものの良渚遺跡の良渚文化期でも女性のみが移入個体であった。一方、同一地質帯であるが、時代が古い田螺山・河姆渡は男女ともに移入個体と評価される個体は検出されなかった。この様に、約5000年以上前の女性が選択的に移入していたという科学的なデータに基づいた証拠は、世界においても最古の事例と言え、極めて重要な発見と言える。さらに、歯エナメル質の酸素・炭素同位体比を測定し、酸素同位体比が極めて低く、黄河以北の文化圏から直接的にヒトが移入してきている可能性が示された。この低い酸素同位体比を示す個体は、炭素同位体比が非常に重く、C4植物を主食とする文化圏の人々が持つ同位体比の範囲に収まった。中国において主食として利用されているC4植物として雑穀類のアワが有名である。ストロンチウム・酸素・炭素同位体比の結果は、遠距離地域出身の人が、直接的に長江下流域に移動し、移動した地で亡くなったというライフヒストリーを表している。従来の考古学では、物の流れでは直接的に遠方からの移入を示すことができていなかったが、直接的にヒトの長距離移動を復元した例は、東アジアにおいて本研究が初出となった。これらの結果は、日本人類学会及び文化財科学会で学会発表し、両学会発表賞を得た。現在、海外学術誌へ投稿準備を進めている。
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