研究領域 | 生命分子システムにおける動的秩序形成と高次機能発現 |
研究課題/領域番号 |
16H00782
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研究機関 | 学習院大学 |
研究代表者 |
岩田 耕一 学習院大学, 理学部, 教授 (90232678)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 脂質二重膜 / ドメイン / 分光実験 |
研究実績の概要 |
平成28年度は,主としてピコ秒時間分解ラマン分光法とピコ秒時間分解けい光分光法を用いて脂質二重膜の粘度と熱拡散定数をそれぞれ評価する実験を中心に研究を行った. 脂質二重膜の性質にコレステロールが与える影響を明らかにすることは重要である.細胞膜には,多くのコレステロールが含まれる.人工脂質二重膜では,一定量のコレステロールが添加されるとゲル相でも液晶相でもない「秩序液体相」が生成することが知られている.研究代表者らは,フォスファチジルコリンの一種であるDPPCに30%のコレステロールを加えて直径100ナノメートルのリポソーム脂質二重膜を調製した.その脂質二重膜のピコ秒時間分解ラマンスペクトルを測定して,コレステロールの有無で脂質二重膜の熱拡散定数がどう変化するかを検証した.その結果,30%のコレステロールの添加がDPPC脂質二重膜の熱拡散定数を増加させることが分かった. 研究代表者らは,trans-スチルベンを脂質二重膜中に可溶化して,そのけい光寿命から脂質二重膜中の粘度を算出する実験法を開発してきた.この方法は脂質膜の粘度を評価できる重要な実験法となったが,膜中のどの深さにスチルベン分子が位置するかを制御できないという難点があった.平成28年度には,東京工業大学の中村浩之教授との共同研究で,スチルベンと長鎖脂肪酸を結合した新たなけい光プローブを導入した.脂質二重膜中でのこのけい光プローブの時間分解けい光測定から,ある一定の深さにおける脂質二重膜の粘度を推定した.その結果,脂質二重膜の面内方向に不均一性が存在することが強く示唆された. 領域内の申班員および大谷班員との共同研究を開始した.申班員との共同研究では動物細胞の細胞膜を,大谷班員との共同研究では機能分子を配置した人工脂質二重膜をそれぞれ分光測定の対象として,膜中の粘度を評価するための実験を開始した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
熱拡散定数は,化学反応の進行に影響を与える基本的な物性量である.しかし,研究代表者の知る限りで,脂質二重膜の内部の熱拡散定数を実験的に推定した例はない.本研究課題では,脂質二重膜の内部の熱拡散定数に対するコレステロール添加の影響を明らかにすることができた.コレステロールは,脂質二重膜の特性に対して大きな影響をもたらす.生体膜において存在が想定されている「脂質ラフト」の部位では,脂質二重膜の疎水部に多くのコレステロールが含有されると考えられている.リン脂質の一種であるDPPCとコレステロールの二成分系では,室温付近でコレステロールの比率が6-7%を超えると「秩序液体相」という状態になる.コレステロールの添加による脂質膜の特性の変化について詳しく調べる方法を確立できたことは,重要な進歩であろう. 人工脂質二重膜において膜の面内方向に不均一性が存在することを強く示唆する実験結果は,研究代表者の知り限りはこれまでに得られていなかった.これは,メゾスコピックな相分離が脂質二重膜の一般的な性質である可能性を示している. 平成28年度には,新学術領域の領域内で2件の新たな共同研究を始めることができた.このうちの1件では,研究代表者らが人工脂質二重膜を対象に開発した分光手法を応用して,動物細胞の細胞膜での粘度を評価する新しい実験法を開発しつつある.もう1件では,人工脂質二重膜に配置した機能分子が示す化学反応の機構を解明するための脂質二重膜の物性評価を開始した.これらの共同研究は,領域内で異分野の研究者と知り合って交流することで初めて実現した研究である. 平成28年度には,本課題の研究成果を国際会議で発表した大学院生が発表賞を受賞した.さらに,卒業研究生が学内の卒論報告会での優秀発表賞を受賞した. これらの経緯を総合的に勘案して,現在までの研究は当初の計画以上に進展していると判断する.
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今後の研究の推進方策 |
平成28年度に引き続いて,脂質二重膜の特性を「熱拡散,粘性,極性」などの観点から評価する.主として,研究代表者が主宰する研究室で開発したピコ秒時間分解ラマン分光計とピコ秒時間分解けい光分光計を利用して,脂質二重膜内部の熱拡散,粘性,および極性を詳細に明らかにする. 平成28年度に共同研究によって開発したけい光プローブおよび平成29年度に新たに開発する予定のけい光プローブを利用して,脂質二重膜内部のある特定の深さにおける粘度を評価する.その結果をもとにして,平成28年度までの研究によって観測しつつある脂質二重膜での面内方向(横方向)の粘度の不均一性,あるいはメゾスコピックな相分離が,脂質二重膜における一般的性質なのか否かを議論する.これらのけい光プローブはtrans-スチルベンを発色団として含むので,その時間分解ラマン分光測定を行うと発色団周囲の熱拡散定数を評価することもできる.上述の時間分解けい光分光測定に加えて時間分解ラマン分光測定を行うことによって,脂質二重膜の特定の深さにおける熱拡散定数を見積もることを試みる. 平成29年度は,平成28年度に開始した領域内での2つの研究グループとの共同研究を加速させる.グループ間で日常的に密接な連絡を取り合いつつ,研究代表者のグループでの分光測定を続ける.これらの共同研究では,平成29年度も時間分解けい光分光測定を中心に実験を行うが,より難易度の高い時間分解ラマン分光測定の可能性も探る. 得られた研究の成果を領域の内外で積極的に発表して周知するよう努める.研究成果について一般の社会人や中学生・高校生に説明するアウトリーチ活動を積極的に進める.
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