研究領域 | ゆらぎと構造の協奏:非平衡系における普遍法則の確立 |
研究課題/領域番号 |
16H00811
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研究機関 | 中央大学 |
研究代表者 |
宗行 英朗 中央大学, 理工学部, 教授 (80219865)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 分子モーター / F1-ATPase / 非平衡物理学 / 詳細釣り合い |
研究実績の概要 |
ATPの加水分解/合成と,分子内部の γ サブユニットの回転を共役させる分子モーターであるF1-ATPaseの化学反応と力学反応の共役について,28年度は,新たに化学状態のスイッチに可逆性を持たせ,計算アルゴリズムにEMアルゴリズム(expectation and maximization algorithm)を用いるポテンシャル推定のプログラムを開発した.現在,シミュレーションでつくったデータや,F1の実測値にこのプログラムを適用して,収束性や正確性をチェックしており,おおむね良好な結果が得られている. 川口,佐々,沙川による論文(Biophys. J. 106: 2450-2457, (2014)) による有効ポテンシャルが見える条件でのポテンシャル推定も行った.得られた実測のトラジェクトリを細分化し,各角度間の遷移率に詳細釣り合いを適用して,ポテンシャル曲線を得たが,120゜毎の力学ポテンシャル差がATPの加水分解の化学ポテンシャル差より小さくなるため,現在その原因を検討中である. また,化学反応と力学的回転の共役スキームで唯一不明瞭なまま残っていたリン酸解離のタイミングに関して,変異体を用いた一分子実験でリン酸はADPより先に解離するという,かなり確度の高い結果を得た. さらに2016年度は,千葉大の村田博士に協力してF1-ATPaseと類縁のV1-ATPaseのATP結合を蛍光変化で追跡し,結晶構造に見られる構造変化と対応づける実験を行った(Nature Communications 7, 13235 (2016)).F1-ATPaseとV1-ATPaseは共に回転分子モーターであるがその回転特性はかなり違っており,両者を比較することで,回転メカニズムに必須の部分と,進化の過程で環境に適応するために付加された部分を切り分けられるのではないかと期待している.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
リン酸はADPより先に解離するという,かなり確度の高い結果が得られ,計算アルゴリズムにEMアルゴリズム(expectation and maximization algorithm)を用いるポテンシャル推定のプログラムを開発するなど,研究は進捗しているが,ポテンシャル推定プログラムはまだ計算機実験の段階で実測値との比較はできていない.また詳細釣り合いを用いたポテンシャル推定も実測値の解析結果にやや不可解な点が残っている.これらの進捗の遅れの最大の原因は,一分子実験の精度の向上と再現性の確認に時間がかかったことである.特に理論的な研究と実験的な研究を密接にリンクさせようとすると,実験精度に対する要求が非常に高くなり,必然的に再現性もとりにくくなってくる.研究期間中に正立型顕微鏡での,ピント維持装置の開発や,高速カメラで得た回転運動のビデオ画像の重心位置の検出精度や角度検出の精度に関する検討を詳細に行ったが,以前として十分な精度のデータが得られていないように考えられる.あるいは,理論的考察の前提条件が本当に成立しているのか否か,という問題もあるが,結局は生データの質を上げるのが先決であろうと考えている.
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今後の研究の推進方策 |
今年度は,研究期間の最終年度にあたるので,昨年度までに結果が出ている,エネルギー変換効率の低下した変異体についての論文を完成,投稿する.またリン酸解離についての変異体を用いた実験結果についても論文を完成,投稿する.リン酸解離については,蛍光測定による結果も得ているので,これについても追加実験を加え,論文にまとめる. 一番重要なエネルギー変換に関する研究に関しては,EMアルゴリズムを用いるポテンシャル推定のプログラムを実際の実験データにあてはめて,確度の高いデータを得ることを目標にする.また,様々な条件下での非平衡的な熱散逸の測定なども,当初の予定より精査する範囲を拡大して引き続き行ってゆくが,それらの前提となるのは人材の育成であると考えている.
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