研究領域 | 理論と実験の協奏による柔らかな分子系の機能の科学 |
研究課題/領域番号 |
16H00850
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研究機関 | 学習院大学 |
研究代表者 |
高屋 智久 学習院大学, 理学部, 助教 (70466796)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 時間分解分光 / 誘導ラマン分光 / 近赤外分光 / 励起状態動力学 / 生体分子 |
研究実績の概要 |
本研究課題の目的は,光応答を示す生体分子の構造の時間変化と機能との関係を明らかにすることのできる,フェムト秒からミリ秒までの時間範囲で分子の構造変化を観測可能な分光手法を開発することである.この目的を達成するために,本年度は(1)サブナノ秒パルスレーザーを用いた時間分解振動分光計の開発,および(2)カロテノイドの末端部分の構造が,カロテノイドに与えたエネルギーを周囲に散逸するうえでどのような影響を与えるかを明らかにする研究を進めた.サブナノ秒レーザーの導入に関して想定外の問題が生じたため,本年度は主にカロテノイドの分光計測を行った. 末端部分の構造が異なる2種類のカロテノイドである,β-カロテンおよびアスタキサンチンについて時間分解近赤外誘導ラマンスペクトルを記録し,カロテノイドが光吸収で得たエネルギーの散逸速度を比較検討した.アスタキサンチンはβ-カロテンと同数のC=C二重結合からなる主鎖骨格を持つが,両末端のβ-ヨノン環のそれぞれに,カルボニル基とヒドロキシ基が各1つずつ導入されている.アスタキサンチンのエネルギー散逸の速度定数は,β-カロテンに比べて増大した.末端部分と主鎖骨格との間の相互作用は弱いと考えられるが,それにもかかわらず末端部分の構造が主鎖部分のエネルギーの散逸速度に大きな影響を与えることが明らかとなった. カロテノイドが光吸収で得たエネルギーは,主にカロテノイドの主鎖骨格の振動のエネルギーとなる.アスタキサンチンが光吸収によっておよそC=C伸縮振動1量子分のエネルギーを得るように照射波長を設定したところ,C=C伸縮振動に与えたエネルギーが,電子状態の時間変化とは独立に約200フェムト秒の間そのまま保持されていることが明らかとなった.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
当初導入を予定していたサブナノ秒パルスレーザーの性能を詳細に確認したところ,パルス出力が外部トリガーに対してきわめて大きいジッターを持つことが分かった.このジッターにより,分光計の時間分解能が10~100マイクロ秒程度になると予想された.そのため,本課題で想定する時間分解能を達成可能なレーザーを改めて選定することとなった.レーザーの選定,およびレーザーの納入に,当初想定していなかった時間を要したため,広時間域時間分解近赤外誘導ラマン分光計の開発が大きく遅れることとなった. 複雑な生体高分子中に結合した複数種類のカロテノイドの励起状態動力学を調べるには,まずカロテノイドの末端基の構造がカロテノイド励起状態の緩和過程に及ぼす影響を詳細に検討する必要があると判断した.そこで,末端基構造の異なる2種類のカロテノイド分子のフェムト秒時間分解誘導ラマン計測を行い,振動緩和ダイナミクスの違いを調べた.この方針によって,カロテノイドの末端基構造と励起状態動力学との関係が詳細に理解されたが,カロテノイドを含む生体高分子の単離に関する検討については進展が遅れた. 以上の理由により,本研究課題の進捗は大きく遅れていると判断した.
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今後の研究の推進方策 |
サブナノ秒パルスレーザーを用いた広時間域近赤外マルチプレックス吸収・誘導ラマン分光計の開発は,本研究課題において最も重要な目的である.昨年度の進捗の遅れを踏まえ,分光計の完成を最優先の目標として研究を進める.分光測光系を速やかに構築し,直ちにシアニン色素の溶液などを試料として時間分解スペクトルを計測して分光計の時間分解能を評価する. 葉緑体,および葉緑体中の光化学系タンパク質複合体をホウレンソウ・トウモロコシ・藻類などから単離し,時間分解近赤外吸収および誘導ラマン計測を行う予定であったが,光合成タンパク質複合体を分光計測に必要となる量だけ単離することは,残る研究期間内には困難と予想される.そこで,葉緑体を単離したのち,葉緑体の励起状態ダイナミクスの直接観測を行う.また,植物の葉をそのまま試料として計測し,単離した葉緑体についての測定結果と比較する.あるがままに近い状態にある生体試料について発色団の励起ダイナミクスが直接観測されれば,分光計測を利用した新しい研究分野を開拓するうえで重要な意味を持つ.
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