研究領域 | 理論と実験の協奏による柔らかな分子系の機能の科学 |
研究課題/領域番号 |
16H00856
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研究機関 | 分子科学研究所 |
研究代表者 |
森 俊文 分子科学研究所, 理論・計算分子科学研究領域, 助教 (20732043)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 酵素反応 / Pin1 / 自由エネルギー / 遷移状態 / 構造揺らぎ / 分子シミュレーション |
研究実績の概要 |
タンパク質の天然状態における構造揺らぎや状態遷移などの柔らかな特性が近年の実験で観測され、さらにこれがタンパク質の機能に重要な役割を果たすことが明らかになりつつあるが、その分子機構は多くの場合ほとんど分かっていない。 Pin1は、プロリン異性化酵素の一つであり、その機能はアルツハイマー病などのフォールディング病とも密接に関わっている。Pin1は、特にプロリンとリン酸化されたセリンまたはスレオニンの間のペプチド結合のcis-trans異性化を選択的に促進することが知られており、その反応機構については、実験・理論の両面から様々な研究が行われ、反応の自由エネルギー地形なとが議論されてきた。一方で、未だに詳細な機構は理解されていない。 我々は、特に異性化が起きる過程でどのようにタンパク質の構造変化が進行するかを明らかにすることを目標に、自由エネルギー地形の計算に加え、遷移トラジェクトリのサンプリングと、その解析を行った。 その結果、Pin1は従来考えられてきたように反応の自由エネルギーを下げる働きを持っているが、より重要な発見として、異性化の遷移が起こるには、反応の前後にPin1と基質の間に特定の水素結合が形成され、それらが素早く交換される必要があることが分かった。さらに、遷移が起こる時間は数psと非常に短く、タンパク質の構造変化はその時間スケールでは追随できないため、この水素結合は構造励起状態として反応物の平衡状態の中であらかじめ準備されていることが明らかになった。本研究の結果は、反応を触媒するのに適したタンパク質の構造変化は、最小自由エネルギー経路に沿ってゆっくりと進行するのではないということを強く示唆している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、計画の初年度において、遷移トラジェクトリのサンプリング法などのプログラム開発から実際の反応過程の計算・解析まで行った。現在、これらの成果をまとめた論文を投稿中である。また、今後より詳細に反応機構を理解するために、構造励起状態の解析手法の開発や、酵素反応の活性が変わる変異体などについての計算も始めている。
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今後の研究の推進方策 |
Pin1の酵素反応の機構を理解するために、これまで様々な変異体が実験的に調べられており、Cys113など重要な残基が知られているが、自由エネルギーの比較からは変異の与える影響がよく分かっていない。今後は、これの変異体を調べ、特に構造揺らぎへの変異の影響を明らかにすることで、変異が酵素反応にどう作用するかをダイナミクスの観点から明らかにする。 また、従来は考慮されていなかったタンパク質ダイナミクスの酵素活性への影響を考慮した速度論の定式化を行う。
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