酵素反応では、化学反応とタンパク質の構造変化がうまく組み合わさることで反応が進行する。これらの酵素反応がどのように進行するかについて、これまで自由エネルギー面に基づいた解析が多く行われてきたが、時間・空間スケールの大きく異なるこれら2つの運動が実際にどのように協働的に進行するかについて理解は、あまり進んでいない。本研究では、特に反応ダイナミクスに注目して、理論的アプローチから酵素反応の分子機構を明らかにすることを目指した。そのために、具体的な系として、プロリン異性化酵素の一つであるPin1タンパク質におけるcis-trans異性化反応に取り組んだ。 本年度は、昨年度までに得られた知見をもとに、より定量的な反応の自由エネルギー面を計算するとともに、どのようなタンパク質構造が異性化反応を触媒しているかの詳細を調べた。そのために、レプリカ交換アンブレラサンプリング法を用いて異性化反応の構造サンプリングを広く行い、これらを初期構造として、transition path sampling法によって多数の遷移トラジェクトリを生成した。これらのトラジェクトリの解析を行った結果、過渡的な基質の歪みが異性化の起こる前に生じており、それを実現するために、基質とPin1タンパク質の間にある水分子が取り除かれる必要があることなどが明らかになった。これらは、タンパク質の構造揺らぎの中から反応に重要な構造が過渡的に形成され、それによって酵素反応が起きていることを示しており、酵素反応の分子機構にタンパク質の柔らかな構造が果たす役割について、新たな知見をもたらしている。
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