研究領域 | 理論と実験の協奏による柔らかな分子系の機能の科学 |
研究課題/領域番号 |
16H00857
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
八木 清 国立研究開発法人理化学研究所, 杉田理論分子科学研究室, 専任研究員 (30401128)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 分子振動解析 / 非調和性 / プロトン化水クラスター / ポリペプチド |
研究実績の概要 |
振動分光法は,分子間相互作用を鋭敏に観測し,分子構造とダイナミクスを明らかにできる手法であるが,スペクトルの解釈が容易でない.本研究では,生体分子の振動スペクトルを定量的精度で計算できる新しい方法を開発する.①非調和性,②生体環境の動的効果,③計算コストをバランス良く考慮した計算手法を考案し,プログラムに実装する. 我々が独自に開発した振動擬縮退摂動(VQDPT2)法をプロトン化水クラスターH+(H2O)4に応用した.従来,H+(H2O)4はEigen型と考えられたが,最近,低波数領域まで赤外スペクトルが観測され,1700 - 2500 cm-1の領域で実験とEigen型の調和振動計算が全く合わないため,Zundel型が混在する疑いが持たれた.そこで,非調和性を考慮したVQDPT2法を用いて,Eigen型とZundel型の赤外スペクトルを計算した.Eigen型では,調和スペクトルにはない1700 - 2500 cm-1の一連のバンドが再現され,実験とよく一致した.一方,Zundel型では,水素結合領域の強いバンドが約200 cm-1ずれ,さらに3600 cm-1付近の3本のピークは実験の2本のピークと形状が異なっていた.従って,実験で得られる異性体はEigen型と結論できた. 最近,実験により,ポリペプチドに対する高分解能の振動スペクトルを取得することが可能になった.しかし,ポリペプチドは膨大な準安定構造を持つため,振動スペクトルから構造を同定するのは困難である.本研究では,広い構造空間を効率良く探索できるレプリカ交換分子動力学法(REMD)と非調和性を考慮したVQDPT2を組み合わせた方法を開発した. 5残基ペプチドSIVSFの最安定構造を探索し,NH/OH伸縮領域の振動スペクトルを計算した.計算と実験のスペクトルは良く一致し,SIVSFの分子構造を決定することが出来た.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
単分子系に対する非調和計算は予定通り進み、論文が出版できた。さらに、複雑な分子系の計算も順調に進み、論文が近く受理される見通しである。
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今後の研究の推進方策 |
現在,単一の構造に留まらず,動的に構造が揺らいでいる,柔らかい分子系を対象とした方法の開発に取り組んでいる.以前,MD計算から動的に重要な構造を取り出し,各構造の振動スペクトルを量子化学計算により求め,それらの和を取ることでスペクトルを求める重み平均法を提案した.この方法をスフィンゴミエリン脂質二重膜へ応用し,アミドIバンドの解析に成功した.現在,この方法を発展させ,非調和性が強いアミドAバンドと水分子のOH伸縮バンドが解析できるようにしている.この方法を高分子ポリアミドと水分子の相互作用解析へ応用する. また,生体高分子を対象とするため,量子化学計算と古典力場のハイブリッドであるQM/MM法を開発している.QM/MM法は,化学的に重要な領域を高精度な量子化学(QM)計算で扱い,それ以外の生体環境を力場関数(MM)により扱うマルチスケールモデルである.理研で開発しているMD計算プログラムGENESISにQM/MM法を実装した.また,L-BFGS-Bアルゴリズムを実装することで効率よく安定構造を探索することが可能となり,さらに,安定構造近傍での非調和ポテンシャルを求め,振動解析を実行することが可能になった.開発した方法を光駆動型プロトンポンプであるバクテリオロドプシン(BR)へ応用する.極性残基と内部水で構成される水素結合ネットワークの振動状態を計算し,プロトン移動のダイナミクスを明らかにする.また,ポリペプチドのアミドバンドを計算し,疾病の原因となるアミロイド繊維やその前駆体であるペプチドの分析を目指す.
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