振動分光法は,分子間相互作用を鋭敏に観測し,分子構造とダイナミクスを明らかにできる手法であるが,スペクトルの解釈が容易でない.本研究では,生体分子の振動スペクトルを定量的精度で計算できる新しい方法を開発する.①非調和性,②生体環境の動的効果,③計算コストをバランス良く考慮した計算手法を考案し,プログラムに実装する. 重み平均法によるナイロン6に対する振動解析を実施した.分子動力学(MD)計算と,最近,我々が開発した重み平均法を用いて,含水に伴うナイロン6の高分子構造を調べた.含水とともにナイロン6内部に水クラスターが成長し,その信号が差スペクトルに現れることが計算と実験の比較から分かった.本手法は,水和にともなう生体分子の構造解析にも応用可能であり,有望な手法であることが示された. また、PtCOの基音の振動バンドがArマトリックスにおいて消失する機構を解明した.高精度電子状態計算と非調和振動解析を用いて,PtCOとArPtCOの振動スペクトルを計算した.その結果,ArがPtCOに強く結合することで,PtCO変角振動の基音が消失するが,一方で,倍音はその強度を変えないことが分かった.Ar付加により,基音の強度が変化する理由を双極子モーメントと電子密度へ立ち返り,詳細に調べた.Arマトリックスと気相の実験結果が異なる謎は,このような異常な希ガス効果が原因であることを解明した. QM/MM法をGENESISへ実装した。QM/MM法は,化学的に重要な領域を高精度な量子化学(QM)計算で扱い,それ以外の生体環境を力場関数(MM)により扱うマルチスケールモデルである.理研で開発しているMD計算プログラムGENESISにQM/MM法を実装した.また,効率よく安定構造を探索するアルゴリズムと,安定構造近傍での非調和振動計算を実装した.
|