研究領域 | ハイブリッド量子科学 |
研究課題/領域番号 |
16H01050
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
村尾 美緒 東京大学, 大学院理学系研究科(理学部), 教授 (30322671)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | ハイブリッド量子系 / 量子アルゴリズム / 高階量子演算 |
研究実績の概要 |
1. 与えられた一種類の固定ハミルトニアンのオンオフのみが許されるような制御性の低い量子系(低制御量子系)と、比較的小規模な量子計算機とを組み合わせたハイブリッド量子系において、低制御量子系から量子計算機に状態を移す操作、およびその逆操作が実行可能となるかについて調べた。その結果、相互作用ハミルトニアンがある性質を満たしたときに、状態の入出力操作が任意の近似精度で実行可能となる二つの量子アルゴリズムを発見した。第一のアルゴリズムでは、相互作用ハミルトニアンがある性質を満たしていることがわかっていれば、そのハミルトニアンの行列表示によるパラメータに依存しない形で記述することができる。第二のアルゴリズムでは、量子計算機のメモリサイズに依存せず、小規模な計算機でも任意の近似精度で実行可能となることを示した。 2. ハミルトニアンオラクルで記述される未知の物理系に対して、量子乱択アルゴリズムを用いることによって、ハミルトニアン動力学の制御化に対する超写像を補助系を用いずに近似的に実行する、新たな量子アルゴリズムを構成し、詳細な精度評価を行った。そして、超伝導量子ビット系とダイアモンドNV中心系からなるハイブリッド量子系に対して、エネルギー射影測定を実装するため、このハイブリッド量子系の特徴を生かして量子アルゴリズムを簡略化し、さらに、実験で報告されている数値を基にアルゴリズムを調整し、実現可能性の評価を行った。 3. ハミルトニアン動力学系の量子計算機を想定した操作は、数学的には超写像の高階量子演算による実装と見なせるが、従来の高階量子演算の定式化は入力として任意の量子写像を想定していた。本研究対象の量子系の動力学に対応する操作に適応させるために、「分数クエーリー」を想定した超写像の高階量子演算を考察し、量子ゲート単体が入力となる場合に必要となる情報処理資源の差を解析した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究代表者らが以前発見したエネルギー射影測定アルゴリズムは、ハミルトニアン動力学に従い時間発展する量子系と、時間発展が完全に外部から制御可能な量子計算機を前提としたものであった。ゆえに、両者は様々な物理的性質を異にする量子系であると想定するのが妥当であるが、このような異質な量子系を合成し、単体の量子系として操作することは実験的に高い要件を科すことになる。逆に、合成可能であることが立証された量子系では、往々にして実施可能な量子操作が限定されており、このような量子操作の範囲で研究代表者らのエネルギー射影測定アルゴリズムが実行可能となるかは、発見当時は未解決であった。しかし、本年度発見した量子アルゴリズムは、まさに合成可能性が実証されたダイアモンドNV中心と超電導量子ビットの組み合わせにおいて、エネルギー射影測定アルゴリズムが実装可能であることを理論的に明らかにすることに成功した。また、測定対象となる量子系はダイアモンドNV中心の核スピンであり、核スピン間の相互作用は無視できると仮定するものの、多体量子系であり、研究計画当初予定していた、1量子ビットへの実装を超えた成果を得た。 また、操作性が低い量子系に対して、外部からより高い操作性を持った量子系を結合させることで、元々の量子系への操作性を向上させることが可能であることが判明した。このアルゴリズムを応用すれば、任意のハミルトニアン量子系に対し、その操作性が著しく低い場合でも、ハイブリッド化することにより操作可能な量子系と扱えることになり、これまで量子技術への応用が見込めなかった量子系にも、新たな可能性への端緒を開くことになる。
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今後の研究の推進方策 |
ハミルトニアン動力学に従って時間発展する量子系を操作する際に、とくに本学術領域が対象としているような量子系では、制御性が限定的であるため、制御しきれていないパラメータがハミルトニアンに依然として残存する蓋然性が高い。ゆえにこのような量子系を操作するには、ある種のロバスト性が保証された量子制御を実現する必要がある。一方で、これまで知られているロバスト量子制御の研究は、原理的可能性を示すにとどまっており、1量子ビット系を対象としたものである。しかし、1量子ビットで実現可能な量子技術の有用性は限定されており、今後は、ロバスト量子制御が複数量子ビットから構成される量子系にて実現可能かを模索する必要があると考えた。 また、量子計算機を、別の量子系と適切に結合させることで、結合先の量子系上の操作性を実行的に向上させることが可能になることが判明したが、本年度の研究結果はあくまで1量子ビット系を対象とした成果であり、それ以外の量子系への量子操作の実装法は未解決である。今後、この結果をより一般の量子系へ拡張すべく、1量子ビットにおいて結果が成立する数学的理由を精査し、一般の量子系に拡張可能な部分と不可能な部分を明確にする。そして、後者においては、数学的な一般性を要求するのではなく、現実的な物理系において想定される条件を加味し、1量子ビット以外の量子系へ実装可能な量子アルゴリズムを模索する予定である。
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