研究領域 | J-Physics:多極子伝導系の物理 |
研究課題/領域番号 |
16H01072
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
岡本 佳比古 名古屋大学, 工学研究科, 准教授 (90435636)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 新超伝導体 / Ir化合物 / スピン軌道相互作用 |
研究実績の概要 |
本課題の目的は、強いスピン軌道相互作用と強い電子間相互作用が共存するIr化合物を中心とする物質系において、非従来型超伝導などの新奇量子相を発見することにある。H28年度において、(a) 新超伝導体ScIrPおよびScRhPを発見した。(b) βパイロクロア酸化物CsW2O6の金属絶縁体転移が、極めて珍しい立方晶-立方晶の構造相転移を伴うことを明らかにした。 (a) ScIrPは反転中心をもたない六方晶ZrNiAl型の結晶構造をとる。本課題は初めてScIrP多結晶試料の合成に成功し、超伝導転移温度Tc = 3.4 Kの新超伝導体であることを明らかにした。本物質は、パウリリミットを超えないものの、他のIr化合物超伝導体と比較して大きな5 Tを越える上部臨界磁場をもつ。反転中心をもたない結晶構造上で働く反対称なスピン軌道相互作用により、一重項・三重項超伝導の顕著な混合が実現している可能性がある。また、新物質ScRhPの合成に成功し、本物質がTc = 2 Kの新超伝導体であることを明らかにした。これまでScRhPの合成の報告はなかったが、固相反応法により多結晶試料を合成できた。粉末X線回折パターンを用いたリートベルト解析により、本物質がScIrPと同様に六方晶ZrNiAl型の結晶構造をもつことを明らかにした。本物質はScIrPと比べて一桁小さい0.5 T程度の上部臨界磁場をもつ。この結果は、ScIrPの上部臨界磁場がIr 5d電子の強いスピン軌道相互作用により著しく増強されていることを支持する。 (b) CsW2O6は、約215 Kで金属絶縁体転移することが先行研究により報告されていた物質である。本課題では、単結晶試料の合成に初めて成功し、放射光X線回折実験により、約215 Kの金属絶縁体転移が単位胞の大きさの変化を伴わない立方晶から立方晶への構造相転移を伴うことを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
H28年度において、本課題のメインターゲットの一つであるIr化合物において超伝導転移温度Tc = 3.4 Kの新超伝導体ScIrPを発見することができた。本物質の超伝導状態は、他のIr化合物超伝導体と比較して大きな上部臨界磁場を有しており、強いスピン軌道相互作用がその超伝導相における電子状態に影響している可能性が高い。また、ScIrPと同じ結晶構造をもつScRhPの合成に成功し、本物質がTc = 2 Kの超伝導体であることを明らかにした。ScRhPはScIrPと比べて低い超伝導転移温度と、一桁小さい上部臨界磁場をもつ。今後、ScIrPの超伝導相の電子物性を解明するうえで、よい参照物質となると期待される。 金属絶縁体転移を示すβパイロクロア酸化物CsW2O6の単結晶合成に成功した。最近、本物質の金属絶縁体転移には、W 5d電子に起因する強いスピン軌道相互作用が重要な役割を果たしている可能性が高いことが理論的に指摘された。本物質の金属絶縁体転移に伴う立方晶-立方晶構造相転移との関連が興味深い。今後、単結晶試料を用いて各種の精密物性測定を行うことにより、CsW2O6の金属絶縁体転移における強いスピン軌道相互作用の役割が解明されると期待される。
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今後の研究の推進方策 |
超伝導体ScIrPおよびScRhPの単結晶を合成する。ScIrPとScRhPは六方晶の結晶構造をとるため、その超伝導相の物性にどのような異方性が存在するかは、スピン軌道相互作用が本系の超伝導状態に与える影響を解明するうえで極めて重要である。フラックス法により、両物質の良質な単結晶の合成を目指す。現在、Snフラックス法により最大100 μmの大きさのScIrP単結晶の合成に成功しており、結晶育成条件の最適化により、各種の物性測定可能な500 μmの大きさの単結晶を合成する。また、ScIrPに対する元素置換によるTcの増大にも取り組む。 最も強いスピン軌道相互作用が働くd電子系であるIr、Pt、Au化合物において新超伝導体を探索する。現在、これまでに金属的伝導を示す物質がほとんど報告されていないPt酸化物やAuテルル化物において複数の金属的な伝導を示す物質の合成に成功している。これらの物質の低温電子物性の測定により、非従来型の超伝導やスピン軌道相互作用に誘起されたモット絶縁体相の周辺に現れる異常金属相を発見する。 H28年度に合成に成功したβパイロクロア酸化物CsW2O6単結晶の各種物性測定により、本物質において215 K付近で現れる金属絶縁体転移の発現機構を解明する。それにより、金属絶縁体転移におけるW 5d電子のもつ強いスピン軌道相互作用の役割を明らかにする。
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