公募研究
スピンホール効果は、電流を与えると、それと垂直な方向に磁気(スピン)分極が生じる現象である。この逆効果は、逆スピンホール効果と呼ばれ、今やスピントロニクスに不可欠な物理現象である。この起源には諸説あるが、外因性のスピンホール効果では、スピン軌道相互作用による多極子間の干渉として理解することが出来る。これまでは、主にプラチナが使われてきたが、電流・スピン流変換効率は数%程度にとどまっている。また、プラチナが高価なため、安価で変換効率の高い材料が強く望まれている。この課題を克服する方法として、安価で入手が容易な金属に、重い元素を微量加えることで、大きな効果と実用面の課題を克服しようとする研究が進展している。今年度は、鉄(Fe)を主な材料として、そこにタンタル(Ta)やイリジウム(Ir)などの重い元素を加えた合金のスピンホール効果の計算を行った。第一原理計算により鉄の電子状態および添加した元素と鉄原子との重なり積分を見積もり、局在状態と金属状態とが混成した模型(アンダーソン模型)を解く問題へと帰着させる。アンダーソン模型を、平均場近似や量子モンテカルロ法を用いて解くことで、スピンホール効果に対する電子相関の効果を調べた。その結果、Irを添加した系では、電子相関を取り入れることで、スピンホール効果で得られる電圧の符号が変わる結果となった。一方、Taでは、電子相関による符号の変化は現れなかった。この結果は、今後実験によって検証されることが期待される。
2: おおむね順調に進展している
本研究は、熱や磁気の輸送特性に関する理論研究を通して、多極子伝導系の新たな物理を開拓するものである。特に、多極子が熱流と磁性とを結びつける側面に着目して研究を進めてきた。その一つは、スピンホール効果である。金属に、微量の重い元素を加えた系のスピンホール効果について計算を進めてきた。元素依存性に加え、電子相関の効果を明らかにした。また、鉄にタンタル(Ta)やイリジウム(Ir)を添加した系で、異常ネルンスト効果の計算も行った。異常ネルンスト効果とは、磁化と垂直な方向に熱勾配を与えと、両者に垂直方向に電位差が生じる現象である。Taを添加した方が、Irよりも効果が大きくなることが分かった。異常ネルンスト効果については、更に計算をして検証を進める必要がある。
多極子が熱流と磁性とを結びつける一例として、熱ホール効果が挙げられる。この現象は、ある物質に温度勾配を与え、それと垂直な方向に磁場を与えたとき、両者に垂直な方向に温度勾配が現れるものである。金属中では、温度勾配で駆動された電子が、磁場下でローレンツ力を受け、熱ホール効果が生じるため、多極子は主な要因ではない。それに対して、絶縁体中では、電気的に中性なマグノンやフォノンが熱を運ぶため、ローレンツ力は無関係であり、多極子を通した磁場との結合が必要となる。フォノンによる熱ホール効果に関しては、非磁性絶縁体Tb3Ga5O12(TGG)で観測されている。最近、Ba3CuSb2O9(BCSO)で、広い温度領域で観測されている。TGGでは、Tbイオンが大きな全角運動量を持ち、その電気四極子がフォノンの散乱体となり、磁場下で非対称な共鳴散乱を誘起する。それに対して、BCSOには、スピン1/2のCuイオンが、蜂の巣格子状に並んでいるが、大きな全角運動量を持つイオンは含まれていない。従って、イオンの多極子で説明することはできず、クラスターなどの拡張された多極子を考えなければならない。今後、複数原子に亘る拡張された多極子とフォノンとの結合を評価し、熱流における多極子輸送現象の理論を構築する。
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Proceedings of Naional Academy of Science of the United of States of America
巻: 114 ページ: 3815-3820
10.1073/pnas.1613864114