多細胞生物は細胞分裂後に自身と同じ細胞を生み出す自己複製能と別の細胞への分化能の両方を併せ持つ幹細胞を持ち、分裂と分化を高度の調整して多細胞体制を構築している。ヒメツリガネゴケ Physcomitrella patensは発生段階に応じて露出した単一の幹細胞を形成するため、幹細胞の観察や外部操作が容易である。特に発生初期の胞子体は1個の幹細胞を持ち、後に1個の胞子のうを分化して発生を終了する。胞子体幹細胞に隣接する細胞(以後、隣接細胞)は幹細胞にならないことから、幹細胞から何らかの抑制シグナルが隣接細胞に伝えられることでボディプランが維持されていると考えられる。代表者はヒメツリガネゴケKNOX1遺伝子は胞子体幹細胞で発現し、この遺伝子の機能を阻害すると幹細胞の分裂活性が低下することを報告している。また、隣接細胞も幹細胞化する変異体BRANCHING(BR)を単離した。この2遺伝子に着目して胞子体幹細胞決定機構の解明を試みた。 BR遺伝子のノックイン株を作成し、胞子体の発生初期を観察したところ、BR遺伝子は胞子体幹細胞及びその隣接細胞では発現せず、胞子体の発生中期に胞子体の中程に形成され、胞子体のさく柄と胞子のうの下部を形成するさく柄分裂組織において発現していた。KNOX1遺伝子とBRの原因遺伝子はいずれもホメオドメインを含む転写因子をコードしており、被子植物シロイヌナズナや緑藻クラミドモナスではこの2遺伝子は複合体を形成して機能することが報告されている。KNOX1タンパク質及びBRタンパク質で独立に行なったgDB-seq解析により、この2遺伝子産物が共通の標的遺伝子を持つ可能性が示唆された。
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