研究領域 | 多様性から明らかにする記憶ダイナミズムの共通原理 |
研究課題/領域番号 |
16H01274
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
平野 恭敬 京都大学, 医学研究科, 特定准教授 (40580121)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 長期記憶 / ショウジョウバエ / 予測誤差 / 遺伝子発現 |
研究実績の概要 |
動物は予測された結果と実際との間に乖離または誤差が生じると、実際に起きた事柄を学習し、記憶する。形成された記憶は新規遺伝子発現誘導により、長期的な記憶に固定化される。しかしながら、その過程での予測誤差の作用機序は不明な点が多く、また固定化された記憶の書き換えにも予測誤差が寄与すると考えられるが、記憶の書き換えにおける予測誤差の作用機序もまた不明である。私はショウジョウバエにおいて、予測誤差と相関して活動を変化させる神経群を見出し、その活性は学習そのものではなく、長期記憶固定化に重要な遺伝子発現誘導に関わることを示唆する結果を得ていた。本研究では、1:予測誤差と相関する神経の動作機序を明らかにする。続いて記憶固定化における遺伝子発現パターンを追うことにより、2:予測誤差による新規遺伝子発現制御を明らかにする。最後に、3:記憶の書き換え時の予測誤差を示す神経群とその動作機序、および役割を解明する。本研究により、予測誤差と長期記憶の固定化、および書き換えについて、今後の新たな記憶研究の展開が期待できると考えている。本年度は1、2について重点的に進め、成果を挙げた。特に、ショウジョウバエの記憶中枢であるγ神経が予測誤差と相関する活動を示すことを見出した点、またその活動は長期記憶形成に必要な遺伝子発現誘導に重要であることを発見した点が進捗であった。今後はγ神経の活動がどのように遺伝子発現を誘導するか、詳細に検証していく。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ショウジョウバエは匂いと電気刺激を同時に与えると、匂い嫌悪記憶を形成する。この課題を15分間隔で5回以上繰り返すと、遺伝子発現依存的な長期記憶が形成される。学習成立に伴い予測が可能になるため、繰り返し学習中に予測誤差が消失し、予測誤差を司る神経の活動は減衰することが考えられた。神経活動に伴いMAPキナーゼ(ERK)はリン酸化される。ハエの記憶中枢であるキノコ体でも、学習時の神経活動に伴いリン酸化型ERK(pERK)が観察されるため、pERKを神経活動のマーカーとして用い、学習成立に伴い活動が減衰する神経を探索した。キノコ体γ神経と呼ばれる神経群で、学習に伴いpERKが減衰することを見出した。この減衰は学習が成立し、予測誤差がなくなった結果と解釈できる。この解釈の裏付けも得られている。以上より、γ神経の活動は予測誤差と強く相関することがわかった。 キノコ体γ神経の活動を、Kチャンネル(kir2.1)を発現させることで抑制したところ、学習は成立したが、長期記憶は障害された。これより、γ神経による予測誤差は学習ではなく、記憶の固定化に重要であることが示唆された。私は記憶の固定化に関わる遺伝子群を、キノコ体を用いたエピジェネティクス解析で明らかにしている。中でも顕著な発現変化を示すArc2(哺乳類活動依存的遺伝子Arcホモログ)の発現誘導はγ神経の活動に依存した。γ神経のみを興奮させても遺伝子発現は誘導されないことから、哺乳類Arcの活動依存的発現モデルとは異なり、Arc2はキノコ体神経間の協調的活動が重要であることが予想された。このような協調的な活動は、予測誤差の消失と関連があると考えている。 以上のように予測誤差と強く相関する神経の発見、およびその意義として遺伝子発現誘導を明らかにしたので、順調に進捗していると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
予測誤差の消失、キノコ体γ神経の学習成立に伴う活動の減衰が長期記憶に必要な遺伝子発現を誘導するという仮説のもと、研究を進める。次にあげる項目について、本年度は重点的に追及する。 1、遺伝子発現誘導が起きる神経の同定 γ神経が遺伝子発現誘導に重要であることから、γ神経あるいはそのシナプス後神経が遺伝子発現誘導される記憶を貯蔵する神経(例えばキノコ体α/β神経)に投射し、遺伝子発現を誘導している可能性が高い。遺伝子発現が誘導される神経群を明らかにするため、これまでに見出した長期記憶関連遺伝子Arc2およびPdi、Plc21Cの遺伝子産物を検出する。昨年度、CRISPR/Cas9システムを用いてエピトープタグのノックインを行い、Arc2などの遺伝子にエピトープタグが挿入されたトランスジェニック系統を構築した。これらのハエを用いて、学習課題を行い、遺伝子発現が誘導される神経がキノコ体α/β神経であるか、または他の神経かを明らかにしていく。 2、予測誤差神経と相関する神経の動作機序の解明 記憶情報を保持すると考えられるのはキノコ体α/β神経である。従って、学習成立に伴いα/β神経が、ネガティブフィードバック回路を介してγ神経を抑制する可能性が高い。このようなフィードバック回路があるなら、α/β神経あるいはそのシナプス後神経を興奮させることで、学習開始時からγ神経が抑制されるはずだ。また、γ神経の活動減衰を検出する神経があり、そのような神経がα/β神経での遺伝子発現を誘導するのかもしれない。この場合にはγ神経の活動減衰を検出する神経を興奮させれば、遺伝子発現が誘導されるはずだ。これらを検証するため、29℃以上で開口する陽イオンチャンネルTRPA1を候補となる神経で発現させ、人工的な刺激実験を行う。これにより予測誤差の消失、γ神経の活動減衰、遺伝子発現誘導を司る神経の動作機序を解明する。
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