集団で生活するいくつかの動物は個体認知能力を介して社会適応する。例えば,鳥類では種の90%以上は一夫一婦制を営み,お互いにパートナーを認知している。またいくつかの魚類も個体認知能力を持つ。順位制を持つ熱帯魚の一種(シクリッド)は集団メンバーの順位を記憶して,上位個体からは逃避し,下位個体には接近する。仲間を見分ける上で,ヒトやサルにおいては視覚系が最も重要であり,顔認知に特化した脳領域(顔領域)が大脳皮質に存在する。平成28年度はメダカの社会行動を解析した結果,メダカは個体認知を介して社会に適応していることを発見した。メダカのオスはメスを巡って競争し、メスは長時間そばにいた優位なオスを記憶・識別して性的パートナーとして受け入れる傾向がある。平成29年度はメダカの個体認知の視覚的な手がかりを探索した。体の一部を隠したオスと「お見合い」させることで,メスがオスを識別する際には,「顔」の視覚情報が特に重要であることを見出した。次にプリズムを使って上下逆さまになったオスとお見合いしても識別できないことを示した。さらにメスの識別能力を電気ショック学習実験により検定した。水槽を3つに区切り,中央にメス1匹,両端にオスを1匹ずつ入れ,メスに2匹の異なるオスを視覚的に提示した。 この状態で一方のオスに近づいた時に電気ショックを与える訓練を繰り返すと,メスはそのオスを見分けて避けるようになった。次にプリズムを使ってオスを上下逆さまに提示する と,メスはオスの識別能力は低下した。興味深いことに,メダカオスの代わりに2つの異なる物体を提示した場合,倒立しても物体識別能力は低下しなかった。このことからメダカの顔認知機構は物体認知機構と異なっていることが示唆された。よってメダカ脳においてもヒト同様に顔認知に特化した脳領域(顔領域)が存在する可能性がある。本研究成果は elife に掲載された。
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