公募研究
D-アミノ酸の一種であるD-セリンは、シナプス可塑性や記憶・学習を制御するNMDA型グルタミン酸受容体のリガンドとして働くことがよく知られている。近年、私たちは、運動記憶・学習をささえる小脳において、D-セリンが小脳回路の要衝を担う顆粒細胞-プルキンエ細胞シナプスに選択的に発現するデルタ2型グルタミン酸受容体 (デルタ2受容体) に結合し、シナプス可塑性や、小脳に依存した運動記憶・学習を制御することを明らかにした (Kakegawa et al., Nat Neurosci, '11)。脳内のD-セリンは常に合成されているものの、成熟後の小脳ではD-セリンを分解するD-アミノ酸分解酵素の発現増加に伴い、ほとんど存在しない。そこで本研究では、生後発達に伴う「記憶・学習ダイナミズム」の本質的理解をめざし、新規D-セリンシグナリングを追究することにした。まず、D-セリンシグナリングを担う分子機構を理解するために、私たちはデルタ2受容体に着目した。デルタ2受容体には、D-セリンだけでなく、シナプス前細胞から放出される分泌性タンパク質のCbln1が選択的に結合することが知られている。そこで、D-セリンシグナリングにおけるデルタ2受容体-Cbln1結合の関与を調べるため、結晶構造学的手法により両者の結合部位を同定した。次に、同定された結合部位に変異を加えCbln1結合能を欠失した変異デルタ2受容体を作製し、D-セリンシグナリングが活性化されるかを電気生理学的に観察したところ、上記シグナリングは駆動されなかった。さらに、デルタ2受容体において、Cbln1が結合する構造ドメインとD-セリンが結合する構造ドメイン間のアロステリックな構造変化がD-セリンシグナリングの駆動に必須であることが示唆された (Elegheert, Kakegawa et al., Science, '16)。
1: 当初の計画以上に進展している
これまでに得られたデルタ2受容体を起点としたD-セリンシグナリングの解明は、本研究の大きな目標のひとつである。そのため、今年度得られた新たな所見は、「生後発達に伴う記憶・学習ダイナミズムの分子的理解」のために有益な情報を与えうるものと確信している。また、これまでの成果は、米国科学雑誌「Science」に掲載され、国内雑誌においてその重要性を報告している。したがって、本研究課題は、現時点で「当初の計画以上に進展している」と言える。
今後は、D-セリンシグナリングの分子機構をより詳細に追究するとともに、成熟期においてD-セリンシグナリングを活性化させる技術を開発・駆使することで、記憶・学習形成過程を解析していきたい。
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http://www.yuzaki-lab.org/