研究領域 | 多様性から明らかにする記憶ダイナミズムの共通原理 |
研究課題/領域番号 |
16H01289
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
深井 朋樹 国立研究開発法人理化学研究所, 脳科学総合研究センター, チームリーダー (40218871)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 計算論的モデル / 領野間連絡 / 局所電場 / 大脳皮質局所回路 / 海馬CA1 / 作業記憶 / シータリズム / 同期 |
研究実績の概要 |
脳の領野間コミュニケーションのメカニズムの解明は、記憶のみならず、脳全体の機能の理解にとってもきわめて重要である。ワーキングメモリを必要とする空間ナビゲーション課題において、嗅内野皮質(EC)と海馬CA1領域で形成されるループ回路が、一時的記憶の読み出しにとって重要なことと、その過程には速いガンマ振動が関与することが、マウスの実験により示唆された。そこで海馬と大脳皮質間の情報伝達の機序を解明するために、興奮性細胞、PV抑制性細胞、SOM抑制性細胞によって構成されるECの局所回路モデル(EC2/3層+EC5層)を構築した。実験ではガンマ波の重要性が強調されたが、我々は意思決定地点に近づくにつれ、嗅内野(EC)3層で増大するシータ波のコヒーレンスがより重要なのではないかと考えた。構築したモデルはこの結果を再現することに成功した。モデルでは理論的仮定をいくつかおいたが、とくにワーキングメモリの呼び出し時に興奮性細胞と抑制性細胞にコリン作動性の活性化が起こることを仮定している。この仮定の妥当性を、文献等を調査してさらに検討し、自然な仮定であるという自信を得た。またモデルはシータ波に対するスパイク発火の位相が、ECとCA1では異なること、またそれらはPV抑制性細胞の活性化により、課題遂行中に動的に変化することを予言した。実験グループ(Yamamoto et al., Cell 2014)からデータを入手し、Hilbert変換を用いて位相情報を抽出し、この予言が正しいかを検証した。ある程度きれいに多細胞のスパイク発火が記録できたマウスは少ないが(5匹)、そのうちの2匹を調べたところ、一匹では予言がよく再現されていることがわかった。しかし他の一匹では肯定とも否定とも言えない結果が得られたため、モデルの予言の成否については、他の3匹の結果を得てから判断する状況にある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
生物学的な神経回路モデルを構築するにあたっては、どうしても実験的にはわかっていないことについて仮定を置く必要がある。仮定の是非を直接的に実験で検証することが困難な場合、他の実験から得られる傍証やモデルの振る舞いの妥当性、実験結果と合致する振る舞いを示すパラメタ空間の広さなどで、総合的に判断する他ない。構築した回路モデルの振る舞いには、対象としている、あるいはそれ以外の実験結果と著しく齟齬するものはなく、比較的自然で信憑性があるものと判断できる。これはモデルの回路構造の複雑さを考えると、順調に結果が得られていると言って良いだろう。またモデルの予言の検証においては全頭の検証を済ませることはできなかったものの(これは緊急の対応を要する他の研究プロジェクトに集中したためである)、2匹中の1匹においてはかなりきれいに一致する結果を得た。別の一匹の結果も明確に仮説しないだけで、否定するものでもない。今後の検証結果にも期待がモデルのではないかと考えている。また現状のモデルでは説明できない実験結果も残るが、領野間連絡におけるシータ波活動の機能的役割については新規な結果や検証可能な予言もあるため、研究計画期間内で論文を投稿してアクセプトされる可能性もある。これらの状況を踏まえると、総合的には概ね順調であると言って良いと考える。あるいは実験の報告ではシータ波の機能についてはあまり注意が払われなかった点を考慮すると、モデルは予想外の結果をもたらしたと言うことができる。
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今後の研究の推進方策 |
本年度は更なる実験のデータ解析と回路モデルの改良を行う。まずシータ波に対するスパイク発火の位相がECとCA1では異なり、しかもそれらの位相が課題遂行中に動的に変化するというモデルの予言を、残る3匹のマウスの実験データを用いて、さらに検証する。この検証の結果はモデルの信憑性に対する実験的サポートを与えるため、細心の注意を払い慎重に行う。万が一過半数の動物で仮説を支持する結果が得られなかった場合には、モデルを用いてこの予言が成立していなくても、EC-CA1間の連絡が可能になるような状況が存在しているかを調べる。あるいはそもそもシータ波が存在することで得られる機能的利点は何なのかも検討する。過去の実験結果に照らして有望な仮説は、CA1錐体細胞においてシータ波が樹状突起から細胞体に信号を効率的に伝えるために必要であるというものである。この仮説に沿ってモデルの検証を進める。またワーキングメモリ課題のサンプル試行からテスト試行に移る数十秒の間、ECとCA1間のシータ波活動のコヒーレンスが下がるという実験事実がある。これによってワーキングメモリは阻害されないが、現状の回路モデルでは現象を説明できないため、神経調節因子の効果などを取り入れることで、再現を試みる。この現象を再現するメカニズムの解明は、領野間連絡におけるシータ波活動の役割の理解にヒントを与える可能性がある。ここまでで研究成果を一旦まとめ、論文発表を行うことを目指す。次に、現状のモデルはSOM+抑制性細胞とPV+抑制性細胞を回路に取り込んでいるにも拘らず、ガンマ波とシータ波の結合状態を再現することができない。具体的にはガンマ波活動をうまく再現できていない。この点を改善するためにモデルを改良し、ガンマ波活動が領野間連絡に果たす役割について、何らかの仮説を立てる。また時間が許せば、仮説を実験データで検証することも可能かもしれない。
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