本研究の目的は、動物が他の個体が存在する場所を認知する際の脳内メカニズムを解明することである。そのために、他者観察を必要とする行動課題を開発し、これを行っているラットの海馬から神経活動を記録し、他者の位置情報がどのように表象されているか解析した。他者観察を必要とする行動課題はT字迷路を用いて、2匹のラット(自己と他者)で行う。課題は、1匹目(他者)が先にスタートし、2匹目(自己)が追いかける形で開始する。行動課題には2種類あり、「反対方向課題」では追いかける自己が、他者と反対方向を選択した場合、「同一方向課題」では自己が他者と同じ方向を選択した場合に、報酬が獲得できるようになっている。 行動課題中の自己ラットの海馬からシリコンプローブを用いて大規模に神経活動を記録した。記録データからスパイクソーティングによって単一ユニットを分離し、個々のニューロンの発火タイミングと行動記録(自己と他者の位置情報)をつきあわせた解析を行い、下記の結果をまとめ誌上発表した。 ① 海馬の錐体細胞の多くは、自己の位置情報に依存した従来の場所細胞の特徴を持つが、これらの細胞のうち80%以上は、他者の位置情報に特異的な発火活動を示す。さらに、有意な割合の細胞が、自己の将来の目的地ではなく他者が存在する場所依存的な発火活動を示す。 ② 5%程度のニューロンは、自己、他者のいずれかが特定の場所(共通場所受容野)に存在するときに発火する。これらのニューロンは、他者が場所受容野にいるときに自己がその場所にいるときと同様の発火活動をするものであり、場所細胞における自己と他者のミラー性を示唆するものである。共通場所受容野は、T字迷路上に普遍的に存在する。 ③ 記録したニューロン群(場所細胞アセンブリ)の発火パターンから、自己の場所のみならず、他者の場所をも再構築(デコーディング)可能であることが確認された。
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