SMC蛋白質ファミリーに属するSmcHD1は不活性X染色体の「維持」に重要な役割を果たすと考えられてきた.しかし,これまでの我々の解析から,SmcHD1は不活性X染色体の「維持」というよりは,これを「維持」するために必要なエピジェネティック修飾の確立過程で,クロマチン制御因子が適切に働ける「クロマチン環境」を作り出す役割を担っている可能性が示唆された.本課題では,SmcHD1欠損が招くX連鎖遺伝子の脱抑制とエピジェネティック修飾の関連を調べるため,マウス胚線維芽細胞(MEF)において,不活性化されたX染色体上で脱抑制される遺伝子の種類と発現レベルの詳細をRNA-seqにより調べるとともに,X染色体上のH3K27me3の分布をChIP-seqにより調べた.その結果,SmcHD1欠損MEFでは,不活性X染色体上の遺伝子の約半数が脱抑制していることが明らかになった.また,ヒストン修飾に対する免疫染色では野生型のMEFの不活性X染色体と区別がつかないSmcHD1欠損MEFの不活性X染色体において, H3K27me3の集積が局所的に減退している領域が多数見出された.さらに,それらの領域の多くは脱抑制されるX連鎖遺伝子領域と一致していることがわかった.また,データベースに公開されている胚盤胞におけるRNA-seqとH3K27me3のChIP-seqのデータセットを解析した結果,SmcHD1欠損MEFで脱抑制されるH3K27me3の集積が乏しい遺伝子の多くが,胚盤胞期にH3K27me3の集積が乏しいながらも不活性化されている遺伝子と重複することがわかった.以上の結果から,SmcHD1は着床後の胚発生過程において,これら胚盤胞期にH3K27me3非依存的に不活性化されるX連鎖遺伝子領域へのH3K27me3の集積を促し,それらの不活性状態を安定に維持することに寄与していることが示唆された.
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