近年,高感度熱量センサは,単一細胞をはじめとする微小な生物試料が産生する熱の計測など,生物学・生化学領域での応用が期待されている.単一細胞での温度計測の研究が進められているが,蛍光温度センサを用いたこれまでのいくつかの研究報告から,細胞が理論的に出す熱量と実際に観察される熱量との間には大きなギャップがあることが知られている.本研究では,高感度なマイクロ温度センサをマイクロ流路に集積化したオンチップ型センサを開発し,細胞の温度や,細胞の外に流れる熱量を直接測定することを目指したものである。細胞の熱計測に用いられる従来の蛍光温度センサは,その応答速度から静的な温度変化を測定する.一方,本センサでは細胞の動的な熱計測を可能とし,細胞の比熱や熱伝導率などを求め,細胞の熱力学モデルを構築することを目指している. 機械的な共振型の温度センサを用いてノルエピネフリン刺激の有無による発熱を計測し,刺激なしでもパルス状の急激な温度変化という動的な発熱現象の観察に成功した.このパルス状温度変化と熱回路法による細胞の熱力学モデルを元に,細胞内の熱伝導率と比熱を推定した. また,「高感度」「応答速度」「計測系の簡素化」「蛍光ラベルによる手法との同時計測」を同時に満たすことができるデバイスとして,電気抵抗の温度依存性を用いたマイクロサーミスタをマイクロ流体チップに集積化した熱計測デバイスを作製した.この作製したデバイスを用いて,実際に細胞の発熱計測を行った.単一細胞ではなく数個のcos7細胞の熱計測に成功した.以上より,細胞の熱力学モデルをはじめとする諸熱特性に関する知見を得ることができる本デバイスは,細胞レベルの熱物性を計測するためのツールとして期待できる.
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