昨年度までに、白金系抗がん剤オキサリプラチンによって生じる急性冷過敏応答には、オキサリプラチン代謝物oxalateによるプロリン水酸化酵素(PHD)の抑制とそれに引き続くTRPA1プロリン残基の水酸化抑制により、活性酸素種(ROS)に対してTRPA1が過敏化することが原因であることを明らかにしていたが、本研究では高濃度のオキサリプラチンがPHD抑制を介さず、ミトコンドリアから過剰に産生されるROSにより、TRPA1 N末端のシステイン残基の酸化修飾を介してTRPA1を刺激していることを明らかにした。また、低濃度オキサリプラチンによりTRPA1が過敏化すると、冷刺激によるミトコンドリアからの微量なROSをも感知できるようになり、間接的な冷感受性を示すことを明らかにした。 また、末梢循環障害動物モデルとして、ストレプトゾトシン誘発糖尿病性神経障害モデル、大腿動脈結紮による後肢虚血モデル、オキサリプラチン長期反復投与による末梢神経障害モデルを作成し、いずれも後肢血流量が低下するとともに冷過敏応答および触過敏応答が認められることを確認した。糖尿病性神経障害モデルあるいは後肢虚血モデルで認められるTRPA1を介した冷過敏応答およびTRPA1アゴニストの足底内投与による疼痛様行動の増強は(いずれも昨年度の成果)、血管拡張作用を有するホスホジエステラーゼ(PDE)5阻害薬の単回投与に抑制されるが、触過敏応答に影響は認められないことを明らかにした。これらの結果から、末梢循環障害時の冷過敏応答には、低酸素負荷に付加によるPHD抑制を介したTRPA1過敏化が関与すると考えられた。一方、糖尿病性神経障害モデルの後期で認められる触刺激や電気刺激に対する鈍麻、表皮内神経線維の退縮は、TRPA1遺伝子欠損でも影響は認められず、末梢神経障害の進行に対するTRPA1の関与は少ないと考えられた。
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