本研究計画では、1) 脊椎動物では研究報告のほとんど無い温度依存的・非依存的な発生速度調節機構が実際に存在するのか、2) こうした調節機能が存在する場合どのような細胞内シグナル機構に依存しているのか、の2つの課題を検証することを目標とした。このため、羊膜類(哺乳類、爬虫類、鳥類)の胚を30度および37度の環境下で培養し、大脳皮質原基の神経前駆細胞の増殖・分化率を測定した。その結果、爬虫類(カメ)胚の大脳では温度変化に関わらず神経前駆細胞の増殖・分化率は一定に保たれていたが、鳥類(ニワトリ)胚では発生至適温度よりも低温(30度)において神経分化率の著しい低下が認められた。温度依存的な神経分化率の基盤となる分子機構を解明するため、神経前駆細胞の分化運命決定に必須の役割を果たすNotch シグナルの活性を神経幹細胞培養系で測定した。その結果、鳥類の神経前駆細胞におけるNotchシグナル活性が30度環境下において有意に上昇することを発見した。さらに、このNotchシグナルの活性上昇はDynamin阻害剤により抑制されることから、低温におけるNotchシグナル活性の上昇はエンドサイトーシス経路に依存している可能性が示された。興味深いことに、カメ胚の神経前駆細胞におけるNotchシグナルもニワトリと同様の温度依存的な活性上昇を示すが、この活性変化はエンドサイトーシス非依存的な経路に依存していることが推測された。さらに、哺乳類(マウス、ラット)胚の神経前駆細胞は細胞外の温度が変化してもNotchシグナル活性を一定に補償する機構が存在することを示唆するデータを得た。これらの結果より、1) 脊椎動物の胚には温度依存的・非依存的な胚発生速度調節機構が実際に存在すること、2) Notch シグナルが温度依存的な胚発生速度を制御する分子機構として機能していることが明らかとなった。
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