細胞の個性を生み出すのは可逆的な核内制御であり、分化した細胞においても発生初期胚に特有の性質である多能性(全ての細胞種に分化する能力)を人工的に誘導することができる。こうして得られた細胞は、再生医療への応用に大きく期待されている。しかし一方で、多能性誘導過程でゲノム上に損傷が生じる可能性が示唆されており、その分子的要因の特定が叫ばれている。 本研究では、より短時間で多能性誘導が観察される細胞融合の実験系をモデルに、多能性誘導過程における核内ダイナミックスとゲノム恒常性の関係を明らかにすることを目指した。多能性誘導を施した際に、実際に多能性を獲得する細胞はほんの一部であるため、多能性獲得とDNA損傷の関係を調べるには個々の細胞を追跡する実験系が必要である。融合細胞では短時間に比較的高い割合の細胞で多能性因子が発現する利点があるが、融合細胞の単離がボトルネックとなっていた。またリプログラミングの対象となる血球のゲノム改変が困難であるなどの問題があった。我々はこれらの問題を回避し、DNA損傷シグナルをライブイメージングで追跡する実験系を世界に先駆けて確立することができた。 これまでに融合後16時間の追跡を行い、多能性因子の発現レベル、ゲノム損傷シグナルの量と出現キネティックス、細胞分裂のタイミングに大きなばらつきがあることが明らかになった。また、これまでに、細胞融合後には核が肥大化することが知られていたが、核の肥大化率は、細胞によってかなり格差があることが明らかになった。細胞分裂に至る細胞はDNA損傷マーカーが低下してから分裂するが、分裂前に細胞死に至る場合はDNA損傷マーカーが下がらないまま細胞死に至るものが見られることから、DNA損傷が多能性細胞樹立効率を低下させていることがわかる。本研究を通じて多能性獲得過程におけるゲノム不安定化要因を特定するための基盤ができあがった。
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