研究領域 | 生物の3D形態を構築するロジック |
研究課題/領域番号 |
16H01444
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
鈴木 孝幸 名古屋大学, 理学研究科, 講師 (40451629)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 肢芽 / 形態形成 / 階層 |
研究実績の概要 |
これまで私は、細胞集団レベルから器官全体の形態形成を理解するために、ニワトリ肢芽を用いて器官全体の変形パターンの定量的な解析を行ってきた。この方法は、器官全体を細胞100個程度の細胞集団に分割し、時空間的に特徴的に形態変化する領域をマクロな視点から見つけるという手法である。この方法を用いて解析した結果、野生型の肢芽の細胞集団はモルフォゲンが作用していない部分においても前後軸より遠近軸方向に沿ってバイアスして変形している事が明らかとなった。本年度は3次元的に肢芽の形態が野生型と異なり多指症を発症するウズラとして私が発見したHMM変異体の発生学的な解析を行い論文を発表した(Matsubara et al. Frontiers in Cell and Dev Biol, 2016)。この変異体は指の個性の決定に必須であるSHHシグナルがすべての細胞において完全に欠失している変異体であり、世界の中で名古屋大学のみが所有している貴重な系統である。多指症が発症する機構を発生学的に解析した結果、指が形成される前の発生段階から肢芽の前後軸方向の幅が太くなり、さらに前後軸の極性が失われた結果指の本数が野生型と比べて倍の本数になることが分かった。この変異体の発生過程における形態変化を野生型のニワトリ胚肢芽の発生過程と比べてみるとわずかな形態変化の違いが時間的に積み上がった結果引き起こされた結果であることが考えられた。この結果は、3次元の器官全体の形態変化を考えて行く上で、このようなゆっくりとした変形過程の積み上げで形が変化していく機構に着目する事が重要である事を示唆している。また他にも形態的にユニークなスッポン胚とシマヘビ胚の初期胚を効率的に採取する手法を構築し、論文として発表した(Matsubara et al., Dev Grow. Diff. 2016)
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成28年度では、肢芽全体の形態形成過程を制御しているメカニズムとして上皮組織が生み出すメカニカルストレスが肢芽の間充織細胞に与える影響を調べた。その結果肢芽の上皮組織は肢芽が伸長するに従って伸長方向である遠近軸方向とは直交する前後軸方向に配向することが分かった。興味深い事に上皮組織は配向する前は上皮組織内にかかる力の異方性がない事がレーザーアブレーション実験により明らかとなった。また前後軸に沿って上皮細胞が配向するとこの方向に沿って遠近軸より大きい異方性の力が生じている事が明らかとなった。このことは、肢芽の上皮組織内において細胞の配向性が力が生じる原動力となっている可能性を示している。さらに細胞の形態変化に関わる様々なシグナル因子の阻害剤を用いて上皮細胞の配向性と異方的な力を生み出す因子について解析を行った結果、アクトミオシンシステムが異方的な力を生み出す要因である可能性が示唆された。 次に前後軸に沿って配向する細胞がどのように配向して行くのかその過程を画像解析により調べた。その結果、肢芽の上皮細胞は隣の細胞との配向性を同調させるような機構はなく、それぞれの細胞自立的に前後軸方向に沿って配向して行く事が明らかとなった。またアクチンの動態をGFPを融合させたアクチンを発現させてライブイメージングにより調べたところ、アクチン繊維が遠近軸より前後軸方向に沿って多く配向していることが分かった。これらの結果はアクトミオシンシステムによって肢芽の上皮が前後軸方向に沿って収縮されており、これが肢芽全体に渡って間充織の細胞を前後軸方向に広がらせないための拘束条件になっていることを強く示唆している。
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今後の研究の推進方策 |
平成29年度は、まず肢芽の上皮細胞が前後軸方向に異方性を持って収縮しているのかどうか、レーザーアブレーション以外の実験で自立的な上皮の収縮力を調べたいと考えている。そこで、組織や細胞を引っ張る事の出来るガラスキャピラリー製のひっぱり試験機を用い、上皮のみを単離して装置にセットし、前後軸方向に引っ張った後にキャピラリーを固定し、さらに上皮の自立的な収縮力によってキャピラリーを引っ張る事が出来るのか調べたい。また上皮を引っ張った時にアクチン繊維を観察し、前後軸方向に有意に繊維が増えているのかを明らかにしたい。この引っぱり試験機は培養皿の上で行うため、阻害剤を添加することも出来る。そこでアクトミオシンシステムの阻害剤を添加した時に同様の実験を行い、自立的な収縮力がなくなるかどうかを解析したい。 次に、in vivoで肢芽の上皮のアクトミオシンシステムを遮断した時に肢芽の形態がどのようになるのかを観察したい。そのために細胞骨格系のGタンパク質であるRho, Rockの変異体をレトロウィルスを用いてニワトリ胚肢芽の上皮に感染させて遺伝子導入する。この時エンハンサーとして上皮特異的に遺伝子を発現させる事が出来る遺伝子の配列を組み込んだものを使用する。遺伝子を導入後、肢芽の形態が上皮細胞のアクトミオシンシステムの減弱により前後軸方向に大きくなるのか、また遠近軸方向に沿って伸長しなくなるのかどうか肢芽全体の形態変化を解析する。この時上皮細胞の収縮力を変化させた時に間充織細胞で何が変化するのかを、タイムラプス観察や、細胞分裂頻度を調べる事で解析する。これまで肢芽の発生は間充織細胞が主導でモルフォゲンにより形態が規定すると考えられてきた、本研究により上皮細胞が主体的に間充織細胞の動態を規定する新規の形態形成メカニズムを提唱したいと考えている。
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