研究領域 | 生物の3D形態を構築するロジック |
研究課題/領域番号 |
16H01450
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研究機関 | 首都大学東京 |
研究代表者 |
朝野 維起 首都大学東京, 理工学研究科, 助教 (40347266)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 昆虫外骨格 |
研究実績の概要 |
昆虫の外骨格はキチン及びキチン結合性タンパク質を主成分とするマトリクスである。脱皮に伴ってつくられる新しい外骨格が硬化する際、ラッカーゼと呼ばれる酵素が重要であることがこれまでの研究で示されている。ラッカーゼは脱皮前にほとんど活性のない前駆体として新しい外骨格に蓄積し、その後活性化されることで外骨格硬化が開始される。ラッカーゼ前駆体の存在及び発生過程おけるラッカーゼ活性化に関して、代表者が所属する機関からの研究報告が世界で唯一であるものの既に40年以上の歴史がある。ラッカーゼ活性化にタンパク質性の因子が関与する可能性が考えられてきたが、近年、伝統的な生化学的手法によって分離に成功した。組換えタンパク質を利用した解析では、前駆体の活性化が確認されている。 新規に合成される外骨格が硬化する過程において、ラッカーゼ活性化のタイミングが時間及び部位特異的にプログラムされている可能性が示唆されている。これは、例えば大顎の先や関節部分など強度が要求され歪みが避けられる場所の硬化が先行することを想像させるものである。そのほか、羽化時に翅の形が決まる過程でも、「伸展した翅が硬化する」といった単純なプロセスではなく、部位特異的な硬化を経て、ハードポイントが逐次形成されることで初めて正常な形状をとれること、などを示唆する観察がある。甲虫類の解析では、ラッカーゼ活性が部位特異的に出現することを示唆する観察ができた。また、ラッカーゼ活性化因子の発現が抑制されることで、現時点では若干であるが翅形態に影響することが観察できた。そもそも、本研究の主たる対象である活性化因子は、代表者が所属する機関以外の研究がない状況などから、生体内で本当に機能していることも正確には示されていない段階である。そのため、生物学的に基礎的な知見の収集も同時に進めている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
活性化因子の生体内における機能解析に関して、現在ノックアウト系統の作成を進めている。ショウジョウバエについてはCRISPR/Cas9法を、カイコガについてはTALEN法を用いている。また、これらの昆虫を用いて蛹変態前後における活性化因子の発現量変化などを調べた結果、脱皮の直前または蛹期の外骨格硬化反応の開始と同じタイミングでの発現が確認できている。甲虫類などについては、羽化前に硬化が開始すると思われる部位でのラッカーゼ活性の存在が確認できている。さらに、双翅目昆虫の一種で、羽化後の羽形成が単純に「伸びて固まる」と言ったものではなく、折りたたまれた状態から完成形に至るまでに数ステップを踏むことを示唆する観察ができた。 脱皮後の硬化反応を経時的に測定するために、力学的パラメーター変位を計測できる機器を導入した。当初予定していたのは破壊的計測機器だったが、昆虫外骨格のような微視的に凹凸が多い物体には適さないため、引っ張り・圧縮抵抗などを非破壊的に計測できる機器を選択した。 ラッカーゼ活性化因子の生体内における機能に関して、ショウジョウバエやコクヌストモドキのようなモデル昆虫を用いた解析が有効である。コクヌストモドキについては、国外の研究者との共同研究として解析を開始した。ショウジョウバエに関して、活性化因子の低発現変異体やRNA干渉系統を用いて観察したところ、羽化後の羽形状に若干の異常があったものの、ラッカーゼ遺伝子本体の変異等で観察される結果と比較して、マイルドな表現形であった。また、生体内におけるラッカーゼ活性化をリアルタイムで観察するためのショウジョウバエ系統作成を進めているが、本年度中の作成には至らなかったので、これに関しては早急に進めなくてはと考えている。この部分が、やや進捗が遅れていることの判断をした理由である。
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今後の研究の推進方策 |
現在進めている実験については、そのまま進行させる。ただし、大型甲虫の解析について、繁殖力の高いフルストファーノコギリクワガタ等の使用を検討している。また、当初考えていた非モデル種ではなく、日本産のカブトムシのようなゲノム情報が利用できる種の利用も効率的と思われた。外骨格の硬化に関わる外骨格成分間の架橋形成には、ラッカーゼ及びラッカーゼ活性化因子の他にも、基質合成系の各種遺伝子(TH、DDC、aaNT、ebony)や、最近ではペルオキシダーゼのような酸化酵素の関与も重要とされている。さらに、ラッカーゼ活性化に関してバーシコンのようなホルモン及びその受容体の関与も想定される。そのほか、部位・時間的に異なるタイミングで始まる硬化反応の複雑な制御に未知の因子の関与を考慮すべきである。このような状況を踏まえ研究を進めるという方向性で、今夏カブトムシの解析を集中的に行う。大型甲虫に関して、角や大顎の先端が早めに硬化するのでは?と考えられるが、硬化のための酸化反応に必要な酸素分子を供給するための気管が発達している。これを外科的な処置で塞ぐなど、機能破壊した影響についても調べてみたい。 ショウジョウバエにおけるラッカーゼ活性化のライブイメージングについて、ラッカーゼ前駆体及び活性化因子の共局在を指標にと考えていたが、その前に活性化因子の発現をモニターするためのGAL4系統もしくは遺伝子自体にGFPなどのレポーターを挿入した系統などによる観察を進める必要性も感じている。ただし、単に発現を見るのではなく、外骨格マトリクスに分泌されるタイミングが観察できるような仕組みの開発を目指したい。
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